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偶然の確率

ペンネーム Mr.K

  千葉県の松戸市。 降りしきる雨。 日曜日の夜21:00。
 誰もいない雑居ビル2FのBar。 「今日はお手上げだ」と嘆く店主。
  私は口元をゆるめて話しかける。
 「オレには不思議な現象が起こるんだがね、
  それは、オレが店に入ると、なぜか続けて客が入ってくるんだ。」
 「この状況でも?」
 「うん。じゃ、ちょっと賭けをしようか。
  これから30分以内に客が3組入ってきたら一杯ごちそうしてくれ。
  もし来なかったら一杯ごちそうしよう」
 「おもしろいですね。乗りましょう」

 それから我々はその来客者がどういう顔ぶれか面白がって話していた。
 「まず、ひとりの男かな」
 10分後、男ひとりが現れた。
 店主はちょっと、おっと言う顔をした。
 「じゃあ、次は?」
 「カップルかな」
 その5分後、カップルが現れた。
 店主は怪訝そうな顔をした。
 
 そして3組目として予想した、
 もうひとりの男が現れたのは21:25だった。
 店主の顔がこわばった。
 その客が「え、なんかあったの?」と聞いたほど。

 それから、一杯ごちそうになりながら彼との会話を楽しんだ。
 「すごいですね。」
 「昔からなんだよ。
  最初は偶然かと思っていたのだけれど、いつもだから。
  もっとも、予想をしてここまで当たったのは初めてだがね」
 そして会計をして帰ろうとすると、彼が
 「ちなみに次は?」といたずらっぽい顔をして尋ねてきた。
 「そうだな、もう一回カップルかな」
 帰ろうとドアを開けると、そこにカップルが立っていた。
 振り返ると彼の表情は凍りついていた。
 私はウィンクひとつ送ると、まだ雨降りしきる街に踏み出した。

  仙台四郎という方をご存知だろうか。
 仙台に実在した商売繁盛を導く人で、
 その人が入ると不思議に店が繁盛したという。
 和服姿の坊主頭で正座して腕組みをして笑っている写真を
見かけたことはないだろうか。
 商売繁盛の神様として仙台みやげにもなっている。
  私はこの人の生まれ変わりではないかと冗談で言ったりするのだが、
仙台四郎が繁盛をもたらしたのも、
 先の現象が起こったのも偶然だったのだろうか。
それとも、一定の確率に裏打ちされた必然だったのだろうか。
 つまり、偶然に見えるが、ある確率で必ず起こりうる
 「予定されている」結果のひとつであったにすぎなかったのだろうか。
 さらにいうなら、その偶然が起こる確率が予め存在したのだろうか。
 
  生物の遺伝子における突然変異体が生まれる「確率」があるという。
 それは、個体の突然の変異が偶然おこるのではなく、
 あらかじめ予定されていた確率に基づいて変異体が発生するという考え。
  そしてその変異が環境に適した個体だけが
 「進化」という形で生き延びていくというもの。
 キリンの首が長いのは、高い木の上の果物を取ろうと
 意図して首が伸びてきたのではなく、
 キリンの中の変異体として生まれた、首が長い種類の個体だけが
 高い枝の果実を食べることができたので
 その種だけが生き残ったという進化論。
 
  私はこの進化論にいささか希望を添えた異議を唱えたい。
 それは、進化が存在するのは「確率」がすべてを司っているのではなく、
 「こうなりたい」という「意志」がまず最初に存在することから
 進化が始まってほしいというものである。
 その「意志」が遺伝子に働きかけることで突然変異体が発生する
 ということであってほしいと思うのである。
 「意志」なく「確率で支配された運命」で生きていきたくはないから。

  ふと、思った。
 もしかしたら私の「お客を呼ぶ現象」は、やはり偶然でも確率でもなく、
 馴染みの店を繁盛させてあげたいという私の「意志」が
 遺伝子突然変異作用を働らかせ、波動のように人を引きつける
 「進化した能力」を私にもたらしたからではないかと。
                       
                      …………なわけないか。

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