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「共有(Share)」という文化は「創造性(Creativity)」を衰退させるのではないか?

ある人にとっては、このような問いかけ自体がピンと来ないモノかもしれません。

反対に、何かを想起して「Yes/No」を判断するのかもしれません。

インターネットの普及とともに、近年さまざまな領域で広がりを見せる「共有(Share)」という文化。

個人として「所有」するのではなく、何らかの共通項で括られたセグメント間で「共有」することで、遊休資産を効率的に活用していく文化は、非常にエコノミック(経済的)だと言えるでしょう。

遊休資産
遊休資産とは、企業が事業目的で取得した資産のうち、稼働していない資産のことである。
(IT用語辞典バイナリより抜粋)

遊休資産とは、上記の通り企業資産の一部を指す用語ではあるものの、現在では個人が保有している資産についても指す言葉になりつつあります。

今回は、「共有(Share)」という文化の功罪について考えてみようと思います。

最後までお付き合いいただけると幸いです。

イラスト・男性・シェアする・共有・アイコン・シェアボタン・情報共有

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さて、すっかり市民権を得た用語として「シェアリングエコノミー」があります。

これは、日本語に訳せば「共有経済」となり、先に述べたように「使われていない資産をみんなで活用しよう」という概念となります。

「遊休資産」についても、意味については先述しましたが、個人にとっての「遊休資産」とは、何を指すのでしょうか?

「資産」という言葉には「経済的価値」という意味があります。

極端な話、お金になるモノということです。

noteでも多くの方が、副業について興味を持ち、自身の能力を原資としてさまざまな活動をされていますよね。

ある人は文章力で有料記事を執筆されたり、ある人はスキルマーケットと呼ばれるプラットフォームで自身の保有・蓄積している能力を活かして収益を得ることに成功しています。

イラスト・フリーランス・考え方・働き方・収益・収入・ラップトップ

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元来、個人の能力というのは何らかの営利団体の活動を通して、世の中に周知され、価値を創出してきた歴史があります。

文章力があっても出版社を通さなければ書籍化は難しく、デザイン力があっても業界内で認知され、評価されなければデザイナーとしての地位は築けなかったと思います。

しかし、今では個人として、これらの活動が可能となったのです。

個人的な見解ですが、日本でスキルマーケットのようなサービスが浸透した要因の一つは、マンガやアニメなどのサブカルチャーにおける同人活動が素地として存在していたからだと考えています。

諸外国のように、自身の権利を主張する文化であったのなら、さまざまな活動が権利の利害を巡って制限されていたと思うからです。

「リスペクトについては許容する」という日本人独特の価値観が、個人の活動を容認する流れの一助になったのではないでしょうか?

…そうでなければ、少しでも似た表現や描写があった場合に、ことごとく権利侵害されることになっていたのかもしれません。

あなたも「パクリとリスペクトは違う」という言葉に、異論を唱えたい気持ちと許容する気持ちの両方を抱くのではないでしょうか?

ともあれ、共有することについての心理的障壁よりも、何らかの価値を感じる人の多さが、「共有(Share)」文化を発展させる根幹になっているように私は感じています。

イラスト・情報共有・共有・シェアする・パズル・手・ピース

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さて、ここまでは文化という大きな視点で書いてきましたが、個人の価値観という視点についても考えてみようと思います。

とは言っても、個人の価値観とは人の数だけ存在します。

ですから、それゆえに多くの問題も抱えていると私は考えています。

それが、タイトルにある「共有(Share)という文化は、創造性(Creativity)を衰退させるのではないか?」という点です。

改めて書きますが、インターネットの普及によって、私たちは多くの情報を得ることが可能となりました。

ですがそれは、個人の思考を一定の枠内に押し込めてしまう要因にもなっているのではないでしょうか?

フレーム・窓枠・人々・景色・街・窓

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例えば、ビジネス書や自己啓発書などで感銘を受けた理論や思想に出会ったとします。

その情報を、多くの人に知ってもらいたい・共有したいと考えた場合、現代を生きる私たちはSNSなどを通じて、個人レベルで世界中に発信することが出来ます。

そこで多くの支持を得た情報は、いつしか通説となり、常識と呼ばれるものになっていきます。

多くの常識で囲まれた生活は、一人ひとりの思考に一種の固定観念を植え付けます。

「勉強は量よりも質だ」
「社会人の基本は報連相だ」
「文章を書くには起承転結やPREP法などが必然だ」

…結果として、私たちは多くの情報を保有するほどに、挫折や失敗のない人生を得る代わりに、誰かの二番煎じのような生き方をするようになっていると思うのです。

それは「創造性(Creativity)」についても言えるでしょう。

文字・クリエイティブ・電球マーク・紙とペン

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あなたが文章を書くとき、誰かを参考にしたり、何かの情報で学習した経験はないでしょうか?

あなたがイラストを描くとき、誰かを参考にしたり、何かの情報で学習した経験はないでしょうか?

…これらの経験を経るとき、多くの人が支持する情報を参考にするのではないでしょうか?

私も含めて、多くの情報に囲まれる生活を享受していることで、私たちは確実に「創造性(Creativity)」を失っていると思うのです。

これを一言で表現された方がいます。

ホリエモンこと堀江貴文氏です。

「小利口になるな、バカになれ。」という言葉を見聞きしたことのある方も多いのではないでしょうか?

私が思うに、情報によって「歪められた創造性」について何の違和感もなく受け入れている人を「小利口」と呼ぶのではないでしょうか?

色鉛筆・赤い・異常な・歪曲している・普通・普通でない・曲がった

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小利口】こりこう
目先のことによく気が付き抜けめがないさま。
(デジタル大辞泉より抜粋)

「小利口」な生き方は、決して批判される生き方ではありません。

むしろ、現代においては生産的な生き方だと思います。

しかし、数年前から言われている「個の時代」や「風の時代」と呼ばれる現代において、果たして本当に有効な生き方だと言えるでしょうか?

「個の時代」だと言いながら、他者へのリスペクトのみで生きることは、個性と呼べるでしょうか?

「風の時代」だと言いながら、定説を語ることに違和感はないのでしょうか?

まさに今、創造性について他者の言葉を引用しているこの記事に違和感を感じなかった方は、情報を鵜呑みにし、自身で考える力を放棄していないか、今一度、考えてみてほしいのです。

イラスト・ネットワーク・デジタル・情報共有・共有・シェア・スマートフォン・通信網

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「共有(Share)」という文化は、素晴らしい側面もある反面、没個性的になるリスクも抱えていると私は考えます。

忘れてはならないことは、自身の「創造性(Creativity)」への問いかけを怠らないことです。

「果たして、これは本当に自分の意思で、自分らしい方法で、自分を表現できているのだろうか?」

他者と共有する前に、確固たる自分を探すこと。

自分への戒めも兼ねて、書いてみました。

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ということで、最後までお読みいただきありがとうございました。

今回の投稿は以上です。

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