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創作小説(13)「私の正義が悪を討つ」

ある市役所で働く鈴木一美はソーシャルワーカー枠での採用だ。
しかし、近年の人材不足の煽りを受け、窓口応対や経理など本来は事務職枠採用者が行う業務も一美にまわってくる。

以前、窓口で暴言を吐かれた経験のある一美にとって、窓口応対はアレルギーとなっていた。
しかし、誰かがやらなければならない。
そう言い聞かせて、今日も窓口応対にあたっている。


「すみません、正義の通報です。」


初老の男性だ。
誰も立ち上がらない。
仕方なく、一美が応対する。

「最近の市役所の新人はどうなっているのですか。
昨晩、駅前の広場の椅子を占拠し、飲み会をしている一団を見つけました。
夜遅くまで飲んで騒ぎ、駅前の木を折ったり、よじ登ったりするなどの迷惑行為がありました。
私は『いつまで騒ぐ気ですか。どこの集まりですか』と尋ねました。
すると、『は?市役所の新人よ。』とのことでした。

最近の市役所の新人教育はどうなっているのですか。
私は市役所の方針が知りたくて、本日は参りました。」


一美は「はぁ。」と気のない返事をする。
どう返せば良いものか。
そもそも、本当に市役所の新人がやったことなのだろうか。
自分からわざわざ「市役所の新人」と言うだろうか。

後、この初老は若干、下唇を突き出して話す癖がある。
下唇さんと上唇さんの仲が悪い。


「あなたは『私の正義が悪を討つ』という詩をご存知ですか。
近年の道徳の教科書に載っています。

『私の正義が悪を討つ。
私は大の綺麗好き。

私の正義が悪を討つ。
人の迷惑、ゴミ箱へ。

私の正義が悪を討つ。
私の正義の一撃が悪を穿(うが)つ。

私の正義が悪を討つ。
私の正義の汗の一滴が悪を穿つ。

そう信じてる。』

という詩です。」





「知らねぇよ。」
一美はそう思った。

結局、窓口応対は先輩の三山に代わってもらった。


正義初老が帰った後、三山から「通報することで自分のことを正義のヒーローだと勘違いする人っているからね。気にしないようにしよっ。」とフォローがあった。
しかし、一美にとっては窓口応対へのアレルギーを悪化させる結果となった。


鈴木一美には特筆する趣味や特技はない。
休日は彼氏の小野とデートをすることもあるが、それ以外は読書をしたり、ジムで体を動かしたりして過ごす。
唯一、好きなのは夜、眠るまでの時間である。

一日のハイライトをしながら眠りにつくのだ。


夜、眠るまでの特別な時間。

「私の正義は悪を討つ」って何だよ。

夜、眠るまでの特別な時間。

お前が正義なら、そこで成敗しろよ。

夜、眠るまでの大切な時間。

普通、こういう時の引用の相場は「相田みつを」。

夜、眠るまでの大切な時間。

給料を2倍もらわないと割に合わない。

ベッドに入るまでの特別な時間。

下唇を前に突き出して喋るのは止めろ。

ベッドに入るまでの特別な時間。

下唇さん、上唇さんと仲良くしてね。


今日のハイライトは間違いなく正義初老だ。
市役所に来るんじゃなくて自警団作って好きなだけ巡回してろ。
そして成敗してくれれば、市役所的にも問題ない。

後、道徳の教科書にそんな正義に対して偏見を持つ詩は絶対に載らない。
ラストは「信じてる」で終わってるし...。「は?行動にしないの?」って感じ。

後、せめて下唇さんと上唇さんの仲だけは、とりもってあげてほしい。


夜、眠るまでの特別な時間…。
日中の出来事に心の中でいくらでも毒を吐ける。
鈴木一美が最も大切にしている時間であり、大好きな時間である。

そして、ゆっくりと眠りに落ちていく…。


併せて読んでいただけると嬉しいです。

鈴木一美が窓口応対にアレルギーを感じるようになったお話はこちらです。


また、彼氏の小野とのデートを楽しむお話はこちらです。

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