遺書

最近、自殺する人の思考が理解できるようになりました。

僕は東北の片田舎で生まれ育ち、関東の大学に通う4年生です。実家は自営業で僕に仕送りをするほど裕福ではありません。なので、日本学生支援機構と地元の市から奨学金を借りつつほぼ毎日アルバイトをして生活しています。授業料は家計基準で免除になりました。大学の友達も贅沢な生活をしている訳ではありませんが、週4回はアルバイトをしないと友達と同じような生活ができません。年金は学生特例で納付を先送りにしてもらっています。家賃水道光熱通信食費、全て自分で出しています。

他の投稿を見ていただければわかりますが、僕は俳優を目指しています。「どうして演技の勉強をしないの?」と事務所の人に言われたこともあります。本気だったら、養成所に通いながらアルバイトをして、そのくらいは当たり前だと。

でも僕は大学生です。大学に通いながら養成所にも行き、アルバイトまでしていたら1日が何時間あっても足りません。養成所を卒業しても「仕事をもらえる」というスタートラインである「事務所所属」になれるかどうかもわかりません。信頼に足る養成所なのかどうかも内々の情報です。僕にはオーディションを受け、金になるような仕事をもらえるまで大学で理論を勉強するしかありません。演劇サークルの人間も趣味でやっているだけ、指導者すらいません。高校で演劇部だった先輩が音頭を取って練習しているだけです。他の投稿にも書きましたが、本当に演劇はコネ、自分を使おうと思ってくれる人との出会いなのだと思いました。金もなければ、コネで生きるしかないのでしょうか。コネを作るにも金がかかります。一時期誰とも食事に行かず、旅行も無視して顔を合わせずひたすらアルバイトをしていた時期がありますが、友達からは取り残され、気難しい人間と誤解された時もありました。

「就職しないのか」と聞かれることもありますが、今たまたま就職を選ばなかっただけで、一度は心療系に進むことも考えました。しかし、心療内科医になるには医学部に入り直さなければならないし、臨床心理療法士になるにも資格を取れる大学に入らなければいけません。どのみちいますぐ就職するには向かず、入学金もバカになりません。学びはもともと貴族の趣味というのも頷ける話です。

加えて、高校生の時は考えもしませんでしたが、今は大学に入ったからといって確実に年収が高いとも限りません。経団連から終身雇用をやめる旨の発言があったり、45歳でリストラされたり、院卒にポストがなかったりの現在に考えもなく大学に入ったのは失敗だったと思っています。産学連携を強めるようなことが囁かれていますが、文系の僕には関係ありません。改元がなければ文学者がテレビに出る機会はもっと少なかったでしょう。「資格を取れば就職に有利」とよく言われますが、それはその分野で需要と供給にバランスが取れていることが前提で、そもそも資格の最たる例である学位が軽んじられている日本では、何がものをいうのでしょうか。大学は就職斡旋団体でもなければ、大卒を求める企業では(文系が)大学で学んだことを生かすことができるのでしょうか。それがおそらく、「代わりなんていくらでもいる」という言葉を生み出したのでしょう。

大学の授業では教育こそが格差を是正する可能性のある方法だと言われ、一時期はそれを信じていましたが、やはり教育にかけられるお金がなければどこかでつまづきます。奨学金が返せなくなる例も多く見受けられます。東京に住んでいれば様々なことに触れる機会も増えます。企業"で"働くのではなく、自分で会社を立ち上げるなど企業"と"働いているような人間はやはり小さい頃から「田舎者」にはできない経験をしています。

僕は、俳優になるという夢を持ったばかりに、八方塞がりになってしまったことを後悔しています。親はある程度応援してくれていますが、就職して安定した生活を見せることほどの親孝行はあるでしょうか。

そうこうしている間にも、中卒・高卒で働き始めた友達は子供もでき家庭を持っています。形だけ大人になった私は勉強ができて何が偉いのでしょうか?頭でっかちになり子供や親の老後はおろか、明日の自分すら面倒をみる自信はありません。それに、僕も田舎で10番目くらいに頭が良かっただけで、東京ではサボってもなにしても「早稲田蹴ったわ」なんて奴も、論文を書き終えている奴もいます。井の中の蛙です。

昔はわかりませんでしたが、今は無気力になり死という選択をしてしまった人のことも理解できます。そうでなくとも、YOUTUBEなど新興の収益を上げる方法に流れることも不思議ではありません。何を選んでも不安が残るくらいなら、輝かしい世界に目を惹かれるのも無理はありません。これはバブルのなか就職できた世代にはわからないことです。彼らには現在の悩みが別にありますが、少なくとも僕らの年齢ではワーキングプアなどという言葉は考えもしなかったでしょう。死んだほうがてっとり早いのです。自分より下の世代に迷惑をかけることもありません。責任の放棄とも取れますが、上の世代が残した負債を相続しないためでもあるのです。

それでも子供を育て、休日も残業もなく働いてもなお貧しく、僕の夢を応援する親を見ると吐きそうになります。

僕の周りには同じく授業料免除になり奨学金を借りて勉強している人がたくさんいます。中には仕送りがなく、就活もしているとアルバイトすることもできずに苦しんでいる人もいます。一方で、親に学費を払ってもらって休学もしていないのに大学に行かない友達もいます。「苦学生って今もいるんだ」という呑気な大人もいます。就職が決まった大学の友達は、納得した進路ではなかったり、今までの勉強が活かせる分野でもなかったりしています。あるいは、好きな仕事でなければ一瞬でやめてしまうような劣悪な環境で働いています。明日にでも飢え死にしそうなのに「バイト頑張るね」「稼いで何かしたいの?」とも聞かれます。30代でバイトで食いつないでいる人も知っています。僕より辛い人なんてたくさんいます。

誰が悪いとも言えません。この問題は、誰かに責任を押し付けて終わりの問題でもありません。

この国で、もっと多くの人間が自分の納得した生活を手に入れ、貧しくても選択の余地があるようにならないのでしょうか。

この投稿が、無気力になってしまった人の救いに、我々を知らない人の理解に役立つことを願います。

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