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たまには意味をつけるのをやめてみる

電車が遅延していた

待っても待っても電車は来ない

待っている間にたのしみにしていたドラマをスマホで観ることが出来た



何日も前から食べることをたのしみにしていた、つけ麺屋さん

お昼になり、いそいそと足を運ぶと『臨時休業』の文字

数軒先に新しく出来たラーメン屋さんに入ってみると幻と言われる限定ラーメンが食べられた



突然の雨に見舞われる。靴もびしょびしょ。

雨宿りがてら入った百貨店。雑誌に載っていてかわいいな、と思った靴がそこにあった。



こどもが急な発熱。保育園から連絡が入る。

スケジュールを変更し、こどものお迎えにいく。

こどもはご機嫌ななめ絶不調。

ふんぞり返り、泣き叫ぶ。

息苦しい熱気の中で、暴れる我が子を宥めながらタクシーへ乗る。

夫も早く仕事を切り上げてくれ、家族で夕食を囲む。

その晩こどもは体調不良から早く寝付いてくれた。

久しぶりにバルコニーに出て月を眺めた。




起こる出来事に意味はない。

意味をつけるのはいつだって自分。

ラッキーだったな

ついていなかったな

しあわせだな

不幸なのかな

そんな風に、


ただあるだけの出来事に意味をつける


誰もが無意識に、それをする

そして、それによって心に波風を立てる。


たまには意味をつけるのをやめてみる

ただ、そこにある、を楽しんでみる。

楽しめないなら、そこにある、を感じてみる。


すると、何気ない1日も

最低だと思っていた1日も

顔がほころぶほどのしあわせな1日も

ぜんぶ、ぜんぶ

何にも替えがたい、わたしの大切な1日だと気が付く。



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