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降り注ぐ光のようなもの

"光のようなもの"

あの頃はなんだって自分は何でもできると思っていたのだろうか。今は何もできないような気がしてしまうのは、色んなことを知って気づいてしまったからなのだろうか。

溢れかえる情報やインターネットの波に埋もれた沢山の光のようなものが、私の中から、指先から、声から、目の奥から…全て流れ出てしまったかのようだ。

綺麗なものを見たとき、人々は心をふるわせる。振動が大きなエネルギーとなるとき、新しいものが生まれたりもするのだろう。

世界のエネルギーを、過剰に感じる。
昔から疑問だったこと、日本語で話しているのに日本語が通じないみたいだった。どうやら7度の気温は私には0度に感じるくらいだし、30度の温度は35度ほどにも感じるようなのだ。

電車の中、いろいろな刺激が増えてゆく。心がどんどん高速ですり減っていくのがわかる。ただ電車の中にいるというだけで。目的地に着いた時には充電は半分くらいになっていることが殆どだ。

だからといって、逃げたいわけじゃないんだ。ここから逃げたってどこへ行ったって私は私のままだから。

光のようなものを見たことがある?
感じたことはある?

思わず目を閉じてしまった。自転車に乗りながら、世界の光をいっそのこと全部自分の中に含みたくなったのだ。気づくと田んぼに落ちそうになっていて、我に帰る。

光のようなもの、になりたかった。

光のようなもの、を知っている。


あの人からこぼれ落ちる、涙の色だったり。あの人から溢れているエネルギーの温度だったり。炎のように燃えていたりする。

だから私はそれを目印に生きているのかもしれない。
知っているよ、と伝えるためなのかもしれない。


光のようなもの

光のような


私は太陽にはなれない
だけれども月にはなれるのかもしれない。


私は光を知っている。


2020.2.10

photo/EMILI

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