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「まつもtoなかい」出演の吉永小百合から学ぶ品とは?情(人を先にする心)と距離感


1.吉永小百合の品①情(人を先にする心)

 吉永小百合の「まつもto なかい」を見て、彼女の品の根本に(薄い)情「人を先にする心」があると感じた。
 この言葉
は、もともと私の大好きな上方落語の桂 枝雀師匠「薄い情」の事。「薄い情」は「薄情」に誤解されそうなので、この記事では単に情「人を先にする心」と明記した。
 枝雀師匠の「薄い情」は落語の登場人物についての話だが「厚い情」より「薄い情」上等とする。なぜ落語?と思われるかと思うが、大げさな表現を嫌う控えめな日本文化に通じるように思う。
 吉永小百合の出演作で言うと、TVドラマで原爆症の芸者を演じた「夢千代日記」や市川崑監督の「細雪」歌舞伎の坂東玉三郎監督「外科室」細やかな所作やさりげない会話で深い感情を表現する。ということで、桂枝雀師匠の「薄い情」についての説明

枝雀:(落語の中の情について)おしつけがましい「情」てなもん、私らの最もかなわんもんでっさかいね。おしつけがましい「情」とは正反対の薄い薄い「情」やと思うんですわ。それがかえって「人間の情てええもんやなァ」と感じられる。薄い「情」ほど上等の「情」になる。
枝雀:「人を先にする心」ちゅうことで「情」をとらえてまんねん。人が「あゝ人間ちゅうもんは結構なもんやねんな」と涙するということは、結局「自分をあとにして他人を先にする」ということやと思うんですね。人間としたらそうありたいんやけど現実生きていく上ではなかなかそうもいかない。どうしても自分を先にしてしまう。そこで、せめて落語なら落語の中で「人を先にする心」にふれてほんまにそうありたいもんやなァと思いつつ涙するわけですわ。…中略…つまり自分の身に余裕のある分だけで他人を先にするというか、自分にはマイナスの影響のあまりない範囲で他人を思いやると…。けどね、理屈では偉そうに言うてますけどね。実践となると難しおまっせ。

「らくごDE枝雀」桂 枝雀著 ちくま文庫

 

番組の中でメインゲストであるはずの吉永小百合は、終始、自分よりMCである松本人志中居正広、そしてもう1人のゲストYOU優先し、彼らの話を引き出し、熱心にそれぞれの話を聞いていたように思う。
 もちろん吉永小百合に話のボールが投げられれば、誠実に受け止め答え、そしてまた相手にボールを返す。まるで端正な映画の演技のアンサンブル(調和や協調)を見る様なやりとりだった。
 番組最初、中居正広から「松本人志を知ってます?」の質問に、吉永小百合は「お笑いとか見てこなかった」と正直に話した上で、松本人志監督の映画(この番組の出演が決まり)「さや侍」(2011)を見た感想を述べる。

「さや侍」は、刀を捨てた娘と共に逃亡していた脱藩浪人・勘十郎(野見隆明)が、藩に捕らえられ、母を亡くし心を閉ざした若君を30日間一日一芸で笑わせる事ができたら無罪放免、笑わせられなかったら切腹、という内容。
 主人公演じた野見は、松本人志の「働くおっさん劇場」に出ていた素人。
松本監督は、野見に映画撮影とは言わず台本も渡さず、ドキュメンタリー的に撮影し、リアルな演技を引き出している。
 子役の熊田聖愛(10歳)の熱演もあり、笑って泣ける時代劇になっている。番組の中で吉永小百合は松本人志の映画を、

吉永小百合「松本さんの映画を一本観てみようと『さや侍』っていう、胸がキューンと苦しくなるような、あの可愛い女の子がね、素晴らしい演技してて、あの主役の男の方も、なんかもう満身創痍みたいにしてやってらして、それ、やっぱり監督がすごいんじゃないかなぁと思って…」

引用:「まつもto なかい」フジテレビ系

 と、語る。女優・吉永小百合にいきなり褒められた松本人志。バラエティ的に吉永小百合の素を引き出そうと「怒られる質問」をしようとしていた松本人志も、真摯な誉め言葉にたじろいでしまう。
 伝説の映画女優映画監督として褒められる。これは本当にうれしい。
 その気遣いは、中居正広にも「(吉永さんが)お休みしたい、だらけたいとかあると思うんですけど、常に向上心とかあるんですか?」と聞かれ、その質問に答えた後、さりげない心遣いを示す。

吉永小百合「そうですね、やっぱり前に向かって歩いていきたいって思いは 常にあるんですね。だから、挫けそうになっても行こうか?やめるか?という時は、GOという風にしたいタイプ。
中居さんはどうですか?いかがですか?お体をちょっとこわされたって…
今ね、すごく元気そうで良かったと思ってるですけれども、やっぱり、止まらないで、行こうっていう…?」
中居正広「でも、なんかスピードが変わったりだとか、環境が変わって速度 が遅くなったというか…」
松本人志「(中居を見て)『少しのんびり行こう』っていう感じになっているよね」

引用:「まつもto なかい」フジテレビ系

 この吉永小百合の情「人を先にする心」は、もう1人のゲストYOUが現れてからも続く。YOUが吉永小百合の事を「国の宝なんで」とか言い始めると即座に会話に入り、自分の事よりYOU。
 山田洋次監督の新作「こんにちは、母さん」での、YOU役者としてのエピソードを披露する。

吉永小百合「あのね、すごいんですよ。監督がね、よく号外っての出されるんですよ、山田(洋次)監督は。セリフが全然ないシーンだったんですけど、何か筆記してらして、これYOUさん言ってって急にセリフを渡して、そしたらぱっと見て、全く間違えずになさっちゃった。これはやっぱりとっても頭がいい…」
YOU「いやぁうれしいわ、でもね、そこ全部カットでした」
 一同笑い。
吉永小百合「そう、それがね、それがくやしいのね、くやしいのよね、あれね」
YOU「山田監督、最悪やん!」
吉永小百合「そう、これはくやしい、絶対くやしいね」
 YOUが詳細を説明して
YOU「全カット、なんやねん!」
松本人志「なんやねん!」
吉永小百合「なんやねん!」

引用:「まつもto なかい」フジテレビ系

 吉永小百合のトークで、このシーンそのものが山田洋次監督の「男はつらいよ」の一場面のようだった。
 しかし、YOUもこの後、全カットのシーン、セリフのあとの笑顔から使われていて、笑顔を引き出すためのセリフだったと山田洋次監督を褒める。

 吉永小百合のトークの基本姿勢を見ると「人を先にする心」を大事にして、さりげなく情を込めた言葉をかけ、すっと次の話題へ行く。
 吉永小百合は心に余裕があり、枝雀師匠の言う「難しい事」を習慣的に、たやすく行っているように見える。
 次はこの吉永小百合のにある精神を知るために、彼女の言う「映画が学校」意味を考えてみる。

2.吉永小百合の品②観察、共感(映画が学校)

 番組の途中、吉永小百合のデビューから最新作「こんにちは、母さん」までの歩みを視聴者に知らせる映像が流れ、吉永小百合は高校1年の2学期で(映画出演で)忙しくて高校に行けなくなり「映画が学校だった」という。
 吉永小百合は終戦の年の1945年3月13日3月10日東京大空襲の直後に生まれ、敗戦後の悲惨さを体験している世代。
 番組では紹介されなかった吉永小百合の初期の代表作「キューポラのある街」(62)について知ると「映画が学校」意味理解できる。
 吉永小百合は、60年代の主演映画でお嬢さん役を演じる事が多く、東京の山の手の「裕福な家庭のお嬢様」という漠然としたイメージが強い。
 だから、品があるのが当たり前。
 でも現実は違う。
 本人の言葉を引用すると、

私は裕福な家で育ったと誤解されることもあるんですが、子どものころ、役人をやめた父が出版事業に乗り出し、失敗して、家の中は火の車でした。借金取りや差し押さえの税務署員が家の中に入ってきて、幼い私は「なんて失礼な人たちなのだろう。よし、私がお父さまを助けてあげよう」とハタキを持って身構えた記憶もあります。

引用:「私が愛した映画たち」吉永小百合・立花珠樹 集英社新書

 その後、親戚と父と日活の宣伝部長との話合いで、本人の意思とは関係なく日活の入社が15歳で決まる。
 本人は受験勉強を頑張り、せっかく入学できた「高校は、毎日きちんと行きたい」と母にいうが「学費ぐらいは自分で稼いでくれないと」と言われ、何も言えなくなってしまう。
 そんな彼女の女優魂に火をつけたのが「キューポラのある街」(62)での浦山桐郎監督との出会い。
 埼玉県川口市の鋳物工場を舞台にリストラに合う職人工の父(東野英治郎)娘ジュンを演じたのが吉永小百合。工場街の貧困家庭子供たちを通して、人種差別や労働問題、ジュン自身、パチンコ屋でバイトしたり、睡眠薬拉致にあったり、弟・タカユキ(市川好郎)もハト販売や牛乳泥棒をしたりの社会派青春映画。脚本は、浦山監督の師である今村昌平監督との共作。 
 浦山監督は主人公をオーディションして素人で作りたかったが、会社の上層部から吉永(小百合)浜田(光夫)でやれと言われ「困っとるのよ」と彼女に言う。
 で、とりあえず会って…。「もっとニンジンみたいな娘がいいんだけど、君は都会的だなあ」と言われてしまう。
 後日、主演が決定し、監督から「貧乏についてよく考えて」と言われ

「私も幼いころから貧乏を経験してきました。小学生のとき給食費が払えずに、学校で催促されると「忘れてきました」と繰り返した苦い思い出もあります。だから、即座に「私の家も貧乏です。貧乏はよく知っています。私、自信があります」と答えたら、浦山さんは「君の所は、山の手の貧乏だろ、下町の貧乏っていうのがあるんだ」とおっしゃったんです。

引用:「私が愛した映画たち」吉永小百合・立花珠樹 集英社新書

 貧乏はどこも同じと思っていた吉永小百合はクランクインまで悩み続けるが、現場で撮影が始まり、その違いを実感する。
 撮影は撮影所のセットではなく現実鋳物で、実際にそこで生活する人たちも参加するロケだった。

その違いがわからないまま、12月の埼玉県川口の街にロケに行きました。
当時の川口は鋳物の街。キューポラという独特の煙突から煙が上がり、溶鉱炉は真っ赤に燃えていました。工場に働く父親は職場で足を怪我して、やがて職を失う。娘のジュンは高校への進学をあきらめきれず、悩みながら、成長していく。
 考えながら役を演じるのは初めてでした。ジュンの家の貧しさを思い、自分の生い立ちとくらべながら、私は中学三年のジュンの心の中に、少しずつ入って行きました。

引用:「夢の続き」吉永小百合著 世界文化社

 吉永小百合は、自分の知る世界と全く違う生の不条理な社会人間観察し、人種差別、偏見、暴力、下町貧困を役の中で体験する。
 父親役の東野英次郎はお酒が飲めないのに、貧困と不条理な工場の扱いから、酒に溺れる父親をリアルに演じる。
 そこで吉永小百合は「観察力があれば本物のように感じさせる演技ができる」と理解し、目の前の現実芝居観察し、相手役と自分の感情共感反発しながら役に入り、役を生きる。
 吉永小百合は、土手を走り、父に反発し、母に感情をぶつける。後半、家庭が悲惨な状態に追い込まれ、修学旅行に自分の意思で行かず、街を彷徨い、遊び、暴行されそうなったり、どうしようもない絶望感を、ただ表情と視線で表現していく。
 この映画で吉永小百合は16歳ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。
映画はカンヌ国際映画祭コンペティションにも出品。
 この映画を推した審査員長のフランソワ・トリュフォー監督が、浦山監督との対談で「主役を演じた女優がたいへん見事でした」と称賛される。

3.吉永小百合の品③(観察力と共感から生まれる)情と距離感

 吉永小百合の情「人を先にする心」と距離感体得するために必要なのが、「映画で学んだ」社会人間への深い観察力共感だと思う。
 自分の参加する映画が描く社会の様々な問題は今すぐ解決できなくても「きっといつか解決する」はず、そう信じて50年、100年残る映画作りに参加する。
 吉永小百合は中居正広の「TVドラマより映画ですか?」の質問に「TVは瞬間、瞬間の、その時一番面白いもの。映画は、良いものは50年、100年残るから…」と答えていた。
 最後の中居正広の「何かまだ欲とかあるんですか?」の質問にも

吉永小百合「欲はないですね。ただ俳優としてもうちょっと成長したいというのはあります。…中略…今回(映画出演)123本なんですね、1・2・3はやめる数字ではないじゃないですか。これからでかける。だからもうちょっとだなぁと…」

引用:「まつもto なかい」フジテレビ系

 123本が、やめる数字じゃないから、まだ頑張るというのがいい。
 さりげない所作で深い感情を表現する「女・笠智衆になりたい」という映画女優:吉永小百合
 好きな外国映画の女優はヴィヴィアン・リー「風と共に去りぬ」のように時代や恋愛に翻弄されても、足を地につけ、前向きに生き抜く。
 スカーレット・オハラ(ヴィヴィアン・リー)の最後のセリフは
「Tomorrow is another day. 明日は明日の風が吹く」
 
今も暇があればストレッチやり、ジムに通い、水泳1キロを目標タイムで泳ぎ、50年、100年残る映画のために「女優として少しでも成長したい」と願う。
 やはり、吉永小百合があってクールカッコいい映画女優だと思う。

出典:映画「こんにちは、母さん」松竹
https://www.shochiku.co.jp/cinema/lineup/konnichiha-kasan/


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