見出し画像

営業マンたちの引っ越し作業 後編

僕たちは福祉用具の販売およびレンタル会社

介護認定を受けた居宅や施設に対し、僕たちは福祉用具の販売および
レンタルを推奨している営業マン。福祉用具課で人員が足りなければ、僕たちも福祉用具の設置やメンテナンス業務を手伝う。

毎年介護認定を受けるお年寄りは右肩上がり。
特養などの老人ホームに入居するにはおよそ2年待ちで、しかも要介護3以上でないと入所する権利さえないのだ。入所待ちをしている間に、天に召されてしまうケースが後を絶たない。
2025年問題も控えている。人口の一番多い団塊世代が後期高齢者となるのだ。圧倒的に老人ホームの施設も足りていない。

だから要介護になる前に、要支援の段階から福祉用具の杖や歩行器等を
お使い頂き、本人の自立支援を促しながら今の生活を維持して欲しいのだ。そうすれば本人だって最後まで自宅で過ごすことが可能になる。

人生の最後が施設入所………。

本当に介護で困っている認知症などの家族を除けば、誰だって施設入所などしたくない。その為には、僕たち営業マンがどこまでも駆けつけ、最高のパートナーになれるように日々前進しているのだ。

僕は大型冷蔵庫の上側を持った。
「いくぞ。せーの」
課長がモーターのついた重い下側を持ってくれている。
「段差に気をつけろ」
「はい!」
先ほどの雷雨で、地面がぬかるんでいる。空は何事もなかったかのようにピーカンに戻っている。
2トン車の手前まで運んできた。
「このまま上げて大丈夫か?」
「大丈夫です」
僕はそう答えたけど、すでに握力が限界。
「先輩、片方を持ちます」
後輩が手伝ってくれた。これはありがたい。
「おいおい。重いのはこっちだぞ!」
課長の声にみんなが集まってきた。
無事に大型冷蔵庫を2トン車の荷台に乗せる事ができた。
「OK! あおりを立てて、紐で縛って固定してくれ」
課長の指示で、後輩2人が2トン車にあがった。

2トン車には冷蔵庫が2台、箪笥が3個、食器棚が2ヶ、本棚が3ヶ、化粧台が2台、その他不要になった電化製品を積むと、2トン車は満員御礼となった。
「2トン車縛り完了。キャラバンにも、もう積めません」
後輩が大声で報告した。軽自動車4台、2トン車およびキャラバンもすべて満員御礼となったのだ。


チャーハン500円、餃子300円、野菜炒め500円

時刻は13時30分を過ぎた。近くで車が停車する音が聞こえた。僕は軽自動車の運転席から降りた。ポロシャツを着替えたので幾分すっきりした。
耳元で蚊の羽ばたく音が聞こえた。右手で叩いたけど手のひらに蚊はいなかった。
「蚊は1秒間に500回以上もホバリングするんだ」
課長が僕の後ろに立っていた。
「あの、ぷーうんっていう音は、蚊のホバリングってことですか?」
「そうだ。蚊のメスだって栄養を取るために必死なんだよ」
さすがは雑学王。課長はなんでも知っている。
当然ながら課長は仕事も出来るし部下に対する指示も的確で、僕たちからの信頼は厚い。そんな課長が、いくら想定外の引っ越し作業をすることになったからと言って、こんな無計画な仕事は絶対にしない。
だとしたら、犯人は社長しかいない。

軽自動車の間から、両手に岡持ちを持ったおじいさんが現れた。
「こっちのヨシ子さんの家だったけェ?」
僕たち6人を素通りしたおじいさんは、縁側に岡持ちを置いた。
「はぁ~こえッ」
おじいさんは天を仰いだ。はぁ~こえッとは、疲れたという方言である。おじいさんの白い割ぽう着には、茶色い染みがたくさん付着している。
「和さん、まだ疲れてないでしょうに」
ヨシ子さんが和さんの肩を叩いた。
「国道沿いのヨシ子さんの家だと思ってよォ。えらい遠回りしちまった」
えらいとは、すごくというこれまた方言だ。
「和さん、おいくらかしら?」
「チャーハン6の餃子6の野菜炒め2でェ……5800円ってとこか?」
「ふふっ…よくできました。お釣りはいいわョ」
ヨシ子さんが6000円を手渡した。
「め、面目ねェ………ヨシ子さん引っ越しヶ?」
ヨシ子さんが小さく頷いた。
「しかしよォ…よくこれだけの若い衆を集めてきたな」
「あらやだ」
照れたヨシ子さんが、和さんの右腕をバシバシ叩いた。

「みんな食べよう」
課長の号令で全員がチャーハンに食らいついた。美味しい。パラパラのご飯とチャーシューの甘味が抜群だ。餃子もニラたっぷりで美味。平皿に盛られた大盛りの野菜炒め。ニンジンのカチカチを除けば、合格点。とくに豚バラとキクラゲが最高。このボリュームで1皿500円はお得だ。
僕らがガッツいている時、ヨシ子さんはうちわで仰ぎながら終始ほほ笑んでいた。
本日3本目のペットボトルが空になった。


張本人現る!

14時30分。
これから移動して本社に16時到着予定。荷下ろしをして各車両を掃除して日報を書いてちょうど定時だ。
だけどあと2部屋分の荷物と物置の荷物が手つかずの状態で残っている。まさか2日連続で明日も引っ越し作業という事はないはず。明日は僕だって商談が2件控えているのだから。
その時、遠くから車のエンジン音が聞こえた。僕たちは通りに出た。
一列に並んだキャラバンがこちらに向かっている。
「き………9台も来てる」
後輩の裏返った声を聞いた全員が笑った。9台って事は、福祉用具課の全車両だ。
みんな自分たちの仕事を後回しにして駆けつけてくれたのだ。
午前中の休憩時に、課長が会社に電話をして応援依頼をしてくれていたのだ。それ以外に考えられない。
さすがは課長。ナイスタイミングです!
到着したキャラバンには、大量のスポーツドリンクと栄養ドリンクが積まれていた。
僕らは満員御礼となった車両を空き地に移動した。

その空き地に、真っ黒のプリウスが停まった。
運転席から降りてきたのは、社長だった。
社長は後部座席から缶ビールを取り出した。
「ご苦労様。あと4時間で終わらせよう!」
社長が缶ビールを開けた。
僕たちの目の前で、喉を鳴らしながら缶ビールを飲む社長の無神経さ。
「よし………あと3時間で終わらせるぞ」
課長が言ったその一言で、僕たちのやる気に火がついた。

ここからは早かった。
要領を得た営業マン6人が指示を出しながら、福祉用具課の9人が動く。
人海戦術でどんどんキャラバンに積み込んでいく。社長は縁側に座ってヨシ子さんの話をアテに缶ビールを飲んでいる。
「おーい。ヨシ子さんよォ」
キャラバンの間から再び和さんが現れた。社長が酒のアテでも頼んだのだろうか。だけど割ぽう着を来ている和さんは手ぶらだ。
「うちの倅、連れて来たから使ってやってくれ」
和さんの後ろからガテン系の2人が現れた。久しぶりにニッカポッカ姿を見た。しかも紫色とピンク色だ。
「課長さんよォ、2トン車2台で来たからよォ、こっちに積んじゃうべョ」
和さんの言葉に、課長が大きく頷いた。

結果、キャラバン5台、2トン車2台で全ての荷物を積むことができた。
物置が意外と奥行きがあり、箪笥や学習机、業務用の冷蔵庫など大物が多かった。和さんの応援がなければ荷物を積みきれなかった。
ありがとう、和さん。
時刻は17時20分。2時間50分で作業を完了できた。
僕は空っぽになった室内を見渡した。
「55年間、雨漏りひとつしなかったのよ」
振り返ると、ヨシ子さんが立っていた。
「頑丈な家だったんですね。室内も広くて風通しも良いし、素晴らしいです」
僕は正直に言った。
「そうなのよ。昔の大工さんは…私の夫が建てたのョ」
ヨシ子さんが照れ笑いを浮かべた。
「賑やかな家庭だったのですか?」
「そうね。頑固な夫と娘3人だもの。想像に難くないでしょ」
ヨシ子さんが何かを確認するように室内を歩き始めた。
3人の娘さんは結婚して都内に住んでいるそうだ。当時の賑やかな出来事と、5年前に先立った大工の夫との想い出を、ヨシ子さんは大事に拾い歩いているのだろう。
ヨシ子さんの小さな背中を見ていると、僕の目頭が熱くなった。

「皆の者、大儀であった!」
赤ら顔をした社長が、フラフラしながら僕たちの方に歩いてきた。
「あいつは仕事ができねえべゃ?」
和さんがボソッと言った。
「あ? 俺は社長だぞ」
社長が大声で言い返した。
「面目ねェ」
和さんが平謝りした。
僕たちは必死で笑いを堪えた。
「みんなお疲れ様。安全運転で帰ろう」
課長はそう言うと社長を助手席に、ヨシ子さんと和さんを後部座席に乗せて先頭を走り出した。
軽自動車4台、キャラバン10台、2トン車3台、社長のプリウスを合わせると合計18台の車両が、これから1時間30分かけて会社に戻るのだ。積載量ギリギリの荷物と帰宅ラッシュの時間帯を考えると、到着まで2時間はかかるだろう。
18台でのツーリング。最高じゃないか!
ヨシ子さんは本日、生まれて初めてビジネスホテルに宿泊する。和さんは会社に着いて荷下ろしを終えた後、息子の2トン車で自宅に帰宅する。結局最後の最後まで手伝ってくれる和さん。田舎の人は温かい。疲れ切って明日の仕事に影響しないといいけど…。
僕たち営業マン6人は、普段1人で行動している。今日は営業課の全員と仕事ができたし、また福祉用具課の社員たちと連携をとりながら仕事をするという、とても良い経験をする事になった。
大汗を流し、全身ネズミの糞まみれになり、何ヶ所も蚊に刺されたのも、今となっては勲章だ。

僕は軽自動車を運転しながら、けっこう疲れてはいるけど、どこか気持ちが良いと感じている。それは学生時代に部活動を終えて自宅に向けて歩いている、あの疲労感に似ている。

僕たちは夕日に導かれながら、高速道路に乗った。


「了」

https://note.com/kind_willet742/n/n279caad02bb7?sub_rt=share_pw

よろしければサポートをお願い致します! 頂戴したサポートはクリエイターとしての創作費・活動費に使用させて頂きます。