お題「最後のマスカラ」

【逆らう】(410文字)

　いろいろあって家族が解散した。
　それについては、もう考えても仕方がないので荷造りをしている。
　しかし女の荷物は多い。
　それは『おしゃれ』という呪縛があるせいだ。私はこの際、家族の呪縛から逃れたついでにおしゃれの呪縛からも逃れようと決めた。

　まずお化粧をやめよう。すっぴんで生きるのだ。潔く。
　化粧ポーチを広げると、金色のマスカラの容器が目についた。つけるだけで目が大きく見えるやつだ。フタを開けると、ブラシの部分にたっぷりと黒い液が付いてくる。これが最後のマスカラだ…。
　丁寧に塗り終えて鏡を見る。本来は静かに下を向いている私の短いまつ毛が、重力に逆らってクルンと上を向いている。

　がんばってるなぁ。

　ふと、生きることは「逆らう」ことなんじゃないかと思った。
　なにもしなければ私たちは死ぬ。だから『死』に逆らってがんばっているのだ。

　私は、クルンと上を向いたまつ毛をもう一度見た。
　そして、がんばるのはここじゃないな、と笑ってゴミ箱に捨てた。

おわり

(2023/8/7 作)

『たらはかに』様の8/6～8/12のイベントに参加させていただきました☆
今週は、わりと普通のお題…　炎天下で日陰を見つけたキモチです…。
それなのに、出てきたお話はなんだか妙なものになりました～
私もマスカラは捨てましたけども(;・∀・)あと、口紅とかチークとか…
(ただのめんどうくさがり)