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独裁者の統治する海辺の町にて(17)

(17)

昨夜、例の倉庫で安倉雅子は言った。
「あなた、驚かなかないのね。知ってた?」
その通りだ。ただし知ったのはその前日、彼女の腹違いの弟であり恋人の永川謙二を殺害したことを平良主席に報告した夜だった。情交の後、主席が深い眠りの底にいることを確認したおれは、以前から気になっていた寝室の奥のドアを開けた。寝室から差し込む淡い光に照らされ、部屋の中央にある長テーブルの上に前方後円墳のようなものが浮かんでいたが、光量が足らず、それが何であるか分からなかった。近づいてみると、それが原発のジオラマ模型だった、ということである。

話はそれで終わらない。その後はこうさ。
よく見ようと近づくと、部屋が急に明るくなった。振り返ると平良主席が透けたネグリジェ姿で立っていた。この女は妙に媚びた声で言った。
「それ、何か分かる?」
「さあ、何です?」おれは警戒していた。
「分かっているんだろ」
仕方なくおれは言った。
「西の岬ですか」
「おりこうね。正解よ」
「工事車両が頻繁に出入りしてましたから」
「彼らは何も知らずにやっているけどね」
「ぼくは知ってよかったんですか?」
「私の右腕にするとさっき言っただろう」
「断ったはずです」この女は、簡単に尻尾を振るやつを信用しない。しかしその一方で、おれはすかさずおべんちゃらを言った。
「それにしても、いいアイデアですね」適度な追従もこいつの好物だ。
「鞭にも飴にもなるからな」

こいつらは原発を梃子てこにして国を支配しようとしていた。原発の建設には国の認可がいるが、そっちの方の裏工作はほぼ完了しているはずだ。とすれば、安倉雅子は組織にとって用済みの存在だ。それに彼女は知りすぎていた。知っている人間は粛正の対象になる。彼女は消されるべくして消された、ということだ。そしてそれはもちろん、今のおれの身にだって該当する。おれも組織の陰謀を知ってしまった以上、いつ狙われるか分からない。。すべてはこの雌豚の機嫌次第だ。やれやれ、とんだことになっちまった。どんどん深みにはまっていく自分に嫌気がさす。

原発建設計画が進むにつれて消される人間が増えていくことになる。西の岬の用地買収に応じなかった町民もすでにこの世からいなくなっているはずだ。

実はこれがこの夜の一番の収穫だった。それは「鯨」と原発建設計画がおれの中でつながったことだ。おれの親父もそうだったが、海で働く者は海のわずかな異変にも神経をとがらせる。鯨の異変が海の異変予測とつながれば、原発建設反対運動に発展しかねない。それが、「鯨」という言葉を聞いて、平良主席の顔がゆがんだ理由だ。
「そうなるとやはり鯨の件はまずいですね」
思わずそう言いたい衝動が起こったが、思いとどまった。もちろん、自分の身を守るためだ。
                              (続く)

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