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独裁者の統治する海辺の町にて(23)

独裁者の統治する海辺の町にて(23)

え、もう一冊の手帳?ああ、安倉雅子が永川に託したやつね、まあ、それについて述べるのは後にしよう。おっと、昨晩空けたビール缶が床に落っこちた。また揺れやがった。窓が痙攣でもするように小刻みに振動している。6月は7回、そして7月は・・・12回だった。明らかに地震の頻度は高くなっていった。そして、不規則だが中に変な横揺れが混じるやつがある。漁師町だから誰もがこの異変に気づいているはずだ。なのに誰も口にしない。不安と恐怖の天秤で恐怖が勝ってるって事だ。この頃には、党ににらまれたらおわりだってことは土地の者も肌で感じていた。なにせ、もう何人も突然いなくなっているからな。警察?動くもんか。7年前から駐在は党員だからね。前任者?まあ、こいつもどっかにいったんだろうな。

この7月、おれがやっていたのはもちろん、平良主席に命じられた例の任務だ。長者岬の原発建設計画を「漏らしたやつ」の探索。おれは分かっていることを「調べ」るために、行動はして見せなければならなかった。どこかにおれを見張っている党員がいるはずだからだ。その一番可能性が高いのは、その窓から見える・・・

汚れた銀色のトースターから跳ね上がったこんがり焼けた食パンにバターを塗りたくって、ソーセージとチーズをはさんで二つ折りにしたやつをかじりながら、いつもと同じように、アパートの向かいのカフェに行って、コーヒーを飲みながら、新聞を読む。この町のことが記事になっていないことを確認するために。これは、ある程度の階級にある党員の習慣だ。おれはそれを、わざわざこの店のマスターにしてみせる。マスターは後ろ向きで食器棚の扉のガラスでおれの無言のメッセージを受諾する。ちゃんと「犬」やってますよ。分かった。ってな感じだ。おれはわざとらしく腕時計で午前10時であることを確認し、支払いを済ませて店を出る。そしてしばらく町でバイクを走らせる。おれはこのむなしい偽装を、7月15日まで忠実に繰り返した。

情報漏洩者は多良崎町長親子であることは確定ずみだ。あと必要なのは、ブツの捏造である。おれは、永川謙二の手帳から転記していた中央電力の幹部2人の名刺を偽造した。もちろん実際に町長親子が持っているものと違うことは比べれば分かるが、これが本物ですとだす間抜けはどこを探してもいないだろう。また、おれが提出した「ブツ」が本物であるかどうか、党は問題にしない。あいつらは町長を処刑する材料があればいいわけだから。

翌日は、いい天気だった。蝉が鳴いていてもいいのだが、山は無音だった。だからかもしれない、波の音がよく聞こえた。おれは炎天下の海岸道路をバイクを走らせ、党の本部に向かった。途中、赤いバイクとすれ違った。かすかにホーンの音がした。おれのと同じヤマハ400だった。ヘルメットをしていて顔は分からなかったが、凛子にちがいなかった。

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