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独裁者の統治する海辺の町にて(13)


おれは翌朝、アパートに戻ると、凛子がまだ寝ていることを確認し、平良主席の指示通りに九鬼に電話した。5月9日の7時半だ。九鬼はおれが電話に出なかったことを責めた。おれは主席と一緒にいたと告げた。これで察しはつくはずだった。九鬼の主席への猜疑心は増大するのはこっちの思うツボだ。

「まあいい、で、誰だった?」
「安倉次席秘書官です」
「安倉か・・・ふん・・・できてたってわけか」
「はい、意外でした」 おれは九鬼に自分の間抜けさを意識させる言い方をした。
「平良さんは?」
「処刑しろと」
「だろうな」
「安倉さんは、アイツのこと知ってるんですか」
「知ってたらもうここにはいない」
「大丈夫ですか」 安倉が逃げていることをおれは期待していた。
「10分前に執務室で今日の予定表をわたした」
「で、どうします?」おれの方から切り出すしかなかった。
「第6倉庫でやれ。19:30だ」
「いつですか」
「今夜に決まっている」
「凛子には無理だと思われますが」
「2人がかりでやればいい」
「おれは訓練してません」
「お前はいい戦士になる、って平良主席が言ってたぜ」

九鬼はあきらかに皮肉を込めていた。いや、ひょっとしてあわよくばおれもついでに抹殺しようとしているかもしれない。平良がおれをかわいがっていることをそろそろ不都合に思ってもいい頃だからだ。

「し損じたら」
「その時はこっちでけりを付ける。2段構えだ」
そういうと、九鬼は電話を切った。

「先生だったのか。殺るのね」
凛子がいつの間にか起きて傍に立っていた。下着のまま、食パンを咥えている。
「今夜、7時半、第6だ」
「九鬼さんは?」
「外でおれたちのお手なみをみてるさ」
「がんばんなきゃね」そう言うと、凛子はベッドの方に行き、服を着た。そして、「先生かぁ」というと、煙草の煙を天井に向けて吐いた。それから、「後ろからかぁ」と独り言のように呟いた。

「その服は?」
水色のマリン服のワンピースは足を組んで煙草を吹かしている凛子には不釣り合いだったし、明らかにこいつの趣味ではなかった。
「久枝姉ちゃんが買ってくれた」
意外だった。澤地久枝はこの時、町立病院で看護婦をしている。
「どこで会った?」
「教会よ。お祈りしに行ったら、兄ちゃんと話してた。」
「お祈り? 何に祈るんだ?」おれはその後に(人殺しのくせに)と心の中で付け加えた。
「なんとなくよ わたしお祈りは好きなのよ」あいつはそう言いながら、扇風機に向けて服の裾をあげ、下半身に風をいれた。
「2人は何を話していた」
「キスしてた」
「ふざけるな 本当のことを言え」
「鯨がどうだとか」
「それで」
「創世記のことも」
 やはりそうか、おれの心に確信と不安が同時に押し寄せた。
「着替えろ。バイクに乗るぞ」
                                                                                                               (続く)
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