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真夜中に 一本の電話 The Phone Call


夜の狭間に腰かけると、いのちのことを考えてしまう。すると、靄のような漠然とした、いのちの形を想うと、眠れなくなった。いつものことだ、と腑に落ちて終えば、意識は暗闇へ落ちるはずなのに、その日の私は執拗に粘った。粘る理由なんてないのに、ただ、天井の闇を見つめて、ぐるぐると思考は舞う。

生と死は、点と点であり、その間をジグザグな線が通っている。長い時間をかけて瞬間を刻み、ジグザグとゆらぎが形成されていく。




どの線を造るかは偶然なように見えて、必然であり、終着点は死だということは誰も変わりはない。そんな取り止めもない理を、頭蓋骨の中で巡らせる。

時計を見ると午前0時を過ぎたころで、意識はハッキリとしていた。一層のこと起きてしまおうと、テレビを点けた。こういうときは映画かドラマを観ようと、暗闇に順応した眼を瞑り、リモコンの↓ボタンを押しながら安定のドラムロールを口にする。「ドゥルルルルルルル(結構リアル)。ジャンッ!」と言いながら眼をあけると『一本の電話 The Phone Call』だった。

あ、これは、この間、録画予約してあったショートショート。観よっと。

ぽつりと胸の奥深くへ言葉を落としてから、再生ボタンを深く押す。







この短編映画は、2014オーディエンスアワード(インターナショナル部門)受賞、第87回米国アカデミー賞短編実写部門受賞した作品で、30分くらいのストーリーになる。

あらすじは、日本でいう「いのちの電話」のような危機ホットラインのカウンセラーとして働くヘザーに、一本の電話がかかってくる。その電話でのやりとりを主軸にストーリーは展開していく。

主人公のヘザーは、着飾ることをしない、とてもナチュラルな女性。職場へ入室すると、同僚らしき男性がひとりで電話対応していた。ヘザーの机の上は、ライトスタンドとノートと青色のボールペンと電話のみで、とてもシンプル。ヘザーは、その男性を濃やかに意識しながら着席し、そして、チラッと手を振り挨拶する。そのときに、男性と目が合い互いに恥ずかしそうなニュアンスを感じた。

これは、ラブストーリー?

と、思うけれど、ヘザーの電話が鳴り、スリーコール目で受話器を取った。

それからだった、胸の奥がざわついた。

受話器の向こうから聞こえる男性の哀しい啜り泣く声。ヘザーが自己紹介をすると、電話相手はスタンリー(以下スタン)と名乗り、ヘザーは、最愛の妻の死に対して哀しみにうちひしがれるスタンと会話を重ねていく。

この物語は、苦痛からの解放、だと思った。近親者の死という抗いようのない苦痛と喪失と孤独を、背負いながら生きていく、いや、それとも死を選ぶか、私は問いただされているような気がした。そして、私が闇の中で考えていた、どうしようもないクソみたいな思考回路をペンチで、ぶちぶちと切断したい気分になった。

いつからだろうか、たぶん、祖父が亡くなってからだ。私は「死を把握した」ような気になっていた。生き死には、数じゃないのに。それぞれは空を切り、重みがないから「数」なり、切実さばかりを求めた結果、答えを探したけれど、犬が自分のしっぽを追うように、ぐるぐるとその場所を回っていただけだった。生きて死ぬことは、割り切れないからこそ答えが出ないのに、ずっと探していた。いまも、こう言いながら心のどこかでは、答えがあるような気がして、雑然と心が騒いでいる。

雑然過多、整然少々くらいの微妙な心持ちで、映像を追うと、最後にゆっくりと救済が現れた。いや、この短編映画は、私が気付いていないだけで、最初から救済だったのかもしれない。

ヘザーの優しい問いかけ。

誠実に応えるスタン。

この短編映画には、登場人物も少ないし、その場面が映っていないけれど、背景にあるひとの暮らしに小さな幸せを灯していく営みが見えた。そして、ギュッと濃縮した哀しみがありながらも、じわっとあたたかさを感じた。胸の奥がぬくもりで満たされ、緩やかにカタルシスへ染められた。

何が幸せか、そのひとによって違う。たとえそれが正しいのか間違いなのかなんて、結果論だけでは決めたくない。

この短編映画を観たあとに、ふと、ある小説の一文を思い出した。




人間は死ぬとき、

愛されたことを思い出すヒトと

愛したことを思い出すヒトとにわかれる。

私はきっと愛したことを思い出す。

サヨナライツカ


スタンは、あいしたことを思い出したのだろう。それがラストの会話に現れている。



「今までどこにいたんだ?」
「あなたを探していたのよ。」
「やっと会えたな。」


尽きたいのちはどこにいくのかわからない。けれど、それが幸せな場所だったらいいな、と思う。たった30分間に、いろいろな感情で揉みくちゃになったけれど、観て良かった。


私は、布団に入り薄ら明るい天井を見ていたら、吸い込まれそうになるけど、フウ(猫)の寝息が私をこちらの世界につなぎ止めているようで、あたたかい見えない糸につながれながら、意識は闇に溶けた。















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