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フランチシェク・ヴラーチル『Albert』もう一度あの頃に戻りたい

フランチシェク・ヴラーチル長編13作目。スロバキアの公共放送"スロバキアテレビ"に向けて製作された作品。東京国際映画祭で上映されたという情報があったが、多分間違い。今回は、有名になったがアルコール依存症で貧困に陥った天才バイオリニストの物語という、自分の経歴とリンクさせたような題材を選んできたわけだが(原作はトルストイの短編小説)、本作品の製作現場でもしこたま酒を飲んでいたらしく、撮影は困難を極めたそうな…そんな主人公アルベルトは歩くことすらままならない状態で昔のパトロンの家を訪れるが、やはりバイオリンの腕は一流で、その場を一瞬にして演奏会に変えてしまうほどの腕前は残している。パーティの参加者だったデレソフ伯爵はそんな彼を哀れに思ってアルベルトを引き取り、彼も伯爵の好意に応えようと必死に足掻く。アルベルトは酒を貰ったら反射的に感謝の印として演奏を始めるんだが、その自己肯定感の低さがヴラーチルの映画製作への自信のなさと未練をそのまま転写したかのようで、見ていて苦しくなる。病状も『Serpent's Poison』より悪化してて、もう自力での人間生活が危ういレベル。自分の経験を映画にするのはいいけど、カメラ越しに見たアルコールに耐えられていたらアルコール依存症にはならないはずで、そりゃこんな映画撮るから病状も悪化するだろうよ…

アルベルトはデレソフから貰ったバイオリンすら質に入れて酒を求めるが、デレソフは彼がどんなことをしても許して受け入れてくれる。それもまた、アルベルトにとっては苦痛であり、彼にとって帰るべき場所はデレソフの屋敷と借り物のバイオリンではなく、自分を追い出した劇場だけなのだ。奇しくも本作品はTV映画であり、そこに関連があるのか邪推したくもなるが、取り敢えずキャリア初期のような作家性ある作品を撮りたいという方向で受け取っておこう。

・作品データ

原題:Albert
上映時間:69分
監督:František Vláčil
製作:1985年(スロバキア)

・評価:60点

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