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Barbara Sass『Without Love』ポーランド、西欧への破滅的な憧れの末路

傑作。Barbara Sass長編一作目。奇声を発しながら夜の団地を走る女、それに追われる男。というなんとも魅力的な始まり方をする本作品だが、主人公はこの二人ではない。警察無線を聞きつけて飛んできた記者のエヴァの方だ。彼女はこんな穴埋め記事ばかり書かされていた。曰く、複雑な事件は男の仕事だ、と。エヴァは彼女を否定する全てを拒絶しながら、かつて自分を捨てたイタリア男に会うために、全てを賭してイタリア再訪を画策する。曰く"どんな対価を払っても最上の人生を歩むべし"。編集長とは寝るし、取材はかなり強引に進めるし、記者生活の邪魔になる子供は遠慮なく母親に預けっぱなしだし、その上で怪しいお薬に頼り切りというボロボロ状態だし。そんな中で子供の養育費を出し渋るイタリア男との虚しい国際電話だけが彼女を正気に保っている。そんな彼女は久々に会った娘を空港へ連れていき、こんなことを言う。"愛されるには強くあらねばならない"と。これは自己暗示だろう。そして、この狂気的な西欧への憧れは、彼女個人のというよりある種の国家的な感情がある気がする。西欧に振り向いてほしいがために中身がボロボロになっても背伸びを続けるが、最初から振り向いてくれないことは決まり切っていて、それならばと手を変え品を変え背を伸ばし続けるが、決して実ることなどないのだ。そんな彼女がイタリア行きのために選んだ仕事として、冒頭に見かけた少女マリアンナに執着し始めるのは必然だったのだろう。田舎から都会に出てきて働く名もなき少女、夜に奇声をあげながら男を追いかける少女、労働者の寮で娼婦のように男とまぐわい傷付く少女、まさに彼女はエヴァの鏡写しの存在なのだ。エヴァはマリアンナを"正しい"方向を導くことで、過去の或いは今の自分を救い肯定しようとしている反面、そんな"自分の一部"を差し出すことで、男性優位社会を内面化したエヴァの西欧への憧れが、男性社会に押しつぶされる女性たちの願いが、叶うと信じている。何重にもグロテスクだ。つまり、エヴァを介して西欧への憧れと男性優位社会を繋げることで、双方を同時に否定しているのだ。

それにしても、監督の顔への興味はなんなんだろうか。どんなときでも基本は顔が画面の中心に来ている。と思っていたら、ラストでずっとスッピンだったマリアンナがエヴァみたいな化粧をしていて、納得した。

・作品データ

原題:Bez miłości
上映時間:103分
監督:Barbara Sass
製作:1980年(ポーランド)

・評価:80点

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