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カウテール・ベン・ハニア『Four Daughters』チュニジア、ある母親と四人姉妹の物語

傑作。2023年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。2024年アカデミー国際長編映画賞チュニジア代表。カウテール・ベン・ハニア長編六作目。前作『皮膚を売った男』が激しく嫌いだったのでハードルは下がるどころか若干ナメてかかっていた節すらあったが、これは凄まじかったので反省中。映画は画面に登場した監督が緊張していると零す場面から幕を開ける。彼女はオルファと彼女の四人姉妹の娘たちの映画を撮るにあたって不思議なアプローチを採っていたからだ。それは、"消えた"上二人の姉ゴフランとラフマを女優が代役を演じ、下二人の妹エヤとタイッシアを本人が演じるというものだ。しかも、オルファの若かりし頃も別の女優が担当することになっていた。その顔合わせに緊張していたのだった。そうしてこの物語は、本人と俳優を混ぜた四姉妹や若き母親が過去を再演することで、現実と過去が混ざり合い、支え合って、チュニジア近代史における女性像を垣間見ていく。なんと奇妙な映画だろう。例えばオルファの結婚式を再演する際、今のオルファが若き日のオルファを演じる女優ヘンドに対して演出を施し、その結果脚本に従ってヘンドを襲おうとした夫(本作品に登場する男はほぼ全てMajd Mastouraが演じている)は部屋の隅で殴られて血を流す。虚構と現実がぬるりと入れ替わる瞬間だ。他にも三女エヤが詩を書いてたのがバレた、という過去についてのナレーションが流れた際に、彼女はスタッフらしき若い男を二人で屋上にいる映像が流れるのだが、それが過去の再演なのか、現在の情景なのかは判別ができない。これは同時に彼女の性格の変化の無さを端的に表している。

そうした現実と過去の行き来を繰り返すうちに、姉妹と母親の間にある溝が浮き彫りになっていく。序盤で紹介される印象的なエピソードとして以下のものがある。下の二人が折った膝の内側を撮った写真をオルファが発見し、それを尻の写真を勘違いしてエヤを追い出そうとした、というものだ。オルファは彼女たちの身体は未来の夫のためにあると考え、二人は今でも("今では"というのも正しいかもしれない)自分の身体は自分のものだと考えている。自身の母親を守るために男になるしかなかった、(上記の通り)初夜では夫を殴り飛ばした、といったオルファのエピソードを重ねていった後でこの言葉が出てくる衝撃たるや。更には四姉妹の反抗期やジャスミン革命、オルファの出稼ぎなどが重なることで、姉妹とオルファの軋轢は次第に増していく。一方、この映画に出演するということもあって、劇中に紹介される"過去"の時点で10歳とかだった三女エヤは、当時言えなかったこと、姉妹で秘密にしていたことなどを母親にぶち撒ける。混ざりあうだけだった虚実は、ゴフランとラフマがなぜ"消えた"のかという事実が次第に見えていく過程で、遂に互いを支え合っていたということに気付かされる。あの頃のゴフランとラフマは、もう戻ってこない。このやり場のない怒りと困惑と後悔という大きな壁を、過去の再演によって乗り越えようとしているのだ。

★以下、ネタバレを含む。

Ghofrane Chikahouiと調べたらすぐに出てくるのでネタバレというほどのものでもないが、一応映画の中では終盤に言及されるため、ネタバレということにしておく。ジャスミン革命以前のチュニジアでは、寧ろヒジャブの着用が認められておらず、逆にヒジャブを被ることが体制への反抗の象徴だったらしい。しかし、オルファは旧来的なイスラム教の考えを持っていて、四姉妹とは認識の齟齬や軋轢があった。そんな中で、ゴスに傾倒して激しく折檻されたゴフランや折檻を間近で見たラフマは、"自由"を求めて真逆のイスラム過激派に急速に惹かれていった。その真意を知らず、オルファはイスラム教への回帰、ヒジャブの着用を喜んでいすらいた(と思う)。入り混じり支え合う虚実もまた変容していくが、四姉妹の本質は変わらないからこそ、残された二人の言葉の重みは計り知れないものとなる。こんな悲しい話があるか。

・作品データ

原題:بنات ألفة
上映時間:107分
監督:Kaouther Ben Hania
製作:2023年(チュニジア, サウジアラビア, ドイツ, フランス)

・評価:80点

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