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センベーヌ・ウスマン『ハラ(不能者)』セネガル、不能の呪いは"西欧への羨望"?

傑作。センベーヌ・ウスマン長編四作目。最高傑作と呼ばれる同名自著の映画化作品。冒頭でラフな服装の黒人たちが中央官庁に押し入り、そこにいたスーツの白人たちを追い出す。曰く、"我等の手で工業や商業、文化をコントロールしよう"。すると、次の場面では追い出された白人たちが同じオフィスに入り、スーツで身を固めた黒人たちにブリーフケースを差し出す。金ピカのおまんじゅうである。つまり、首長が変わっただけで結局は白人たちの傀儡なのだ。さて、そんな汚職と職権乱用に塗れた高級官僚の一人エル・ハジは三人目の妻を迎え入れることを発表し、汚職同僚たちを最近購入した第三邸宅での結婚式に招待する。第一夫人アジャも第二夫人オウミもそれを快く思わないし、娘はそもそも一夫多妻制自体に批判的だが、彼女たちの存在は壁の装飾品と同じなので、無視して結婚式を進めていく。したり顔の老人たちが結婚時の妻の処女を自慢したり、花嫁の母親が初夜前の娘に"(痛くても)声を上げるな"とかアドバイスしたりしているのを見ると、あまりにもグロテスクだが、フランス語を話すエル・ハジに対してウォロフ語で返すアジャや、"伝統を継ぎたくない"存在としてその娘を置くことで、伝統の異常さを強調している。『Tauw』の主人公も同様だった。内容がストレートすぎるために長編にできなかったのか、そもそも短編だったから内容をド直球にしたのかは不明だが、鋭利でスマートな一作だった。

しかし、初夜で勃たなかったエル・ハジは、これを第一夫人アジャのインポ呪い"ハラ(Xala)"ではないかと疑い、解呪に躍起になる。一夫多妻については"伝統"を引用しながら、白人の犬となってスーツに身を固め、伝統的な結婚式を拒絶する男が、困ったときは途端に呪術なんかを信じて、怪しげな祈祷療法に手を出すという滑稽さもありながら、彼が甘い汁を盛大に啜っていた男性優位社会において、"男らしさ"を失うとどうなるのかをグロテスクに描いている。貿易商として仕入れたエビアンを飲みながら、それを車洗浄にすら使う成金具合に、彼ら新興セネガル人エリートたちが、自国の文化遺産や民族主義などをかなぐり捨てて、西洋の理想を模倣しているだけであることも同時に告発する。ブルジョワジーの辛辣な告発としてルイス・ブニュエル後期の作品と比較されることもあるようだ。

興味深いのは四人いる女性たちの立ち位置だろう。第一夫人アジャ(巡礼者の意)は伝統的な衣装に身を包み、ウォロフ語のみを話し、伝統だからと本心を押しつぶして一夫多妻制を受け入れる。彼女の存在はアフリカの過去の象徴のようで、だからこそエル・ハジが凋落しようと、彼女は彼の下を離れない。エル・ハジはハラがアジャによるものだと考えているが、絶対に違うのは一目瞭然だ。第二夫人オウミは逆に西欧風の服を着て、仏語とウォロフ語を混ぜて話し、性的/経済的に満たされれば一夫多妻制でも問題ないと考えている(アジャとオウミは別々の観点で三度目の結婚を否定しているのだ)。オウミはより現代的な価値観、或いはその時代の代表であり、彼女の物質的欲望は満たされることはない。第三夫人ンゴーンは、劇中で一度も台詞がない。まるで人間ではないかのように、ヌード写真や顕になった背中など性的なイメージだけが消費される。そして、娘のラーマだ。恐らくこの映画の中で男性無しで生きていける唯一の自立した女性として描かれ、父親エル・ハジと直接対決するなど、センベーヌのアフリカへの希望を一手に担う人物だ。彼女は仏語とウォロフ語を話し、伝統的な服装も現代的な服装も着ていて、父親の差し出すフランス産の水を拒絶する。

結局、不能の呪いは何だったのか?強欲か、権力か、ナルシシズムか、社会への無関心か、西欧への憧れとその劣化コピーなのか。映画は全てを失ったエル・ハジが、かつて蔑んだ障碍者たちの訪問を受け、彼らによる"治療"を受け入れる場面で幕を下ろす。これはある種の希望なのか。

追記
息子の部屋に『Black Girl』のポスターが貼ってあった。

・作品データ

原題:Xala
上映時間:123分
監督:Sembène Ousmane
製作:1975年(セネガル)

・評価:80点

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