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アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々

2023年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。アイヴァン・セン長編七作目。ヤク中の刑事トラヴィスがオーストラリアの田舎町にやってくる。20年前に未解決になったアボリジニの少女シャーロット・ヘイズの失踪殺人事件を再捜査するためだ。20年前の捜査は白人警官によって行われたことで、人種差別的な決めつけによって無駄な捜査に時間を費やしてしまった上に、小さな町の人々の口を余計に閉ざさせてしまった。トラヴィスの訪問に誰もが渋い顔をする…と思いきや、全員が結構早い段階で心を開いて何でもフレンドリーに喋ってくれるので、緊張感のない聞き込みスタンプラリーみたいになってる。見た目は(作中でも言われている通り※)ドラッグの売人みたいだが、自白強要とか決めつけ捜査とかはしなさそうだから話そうと決めたのでは?というのは納得した上で、信頼関係作るの早すぎね?と。ただ、全員が互いを知ってるというコミュニティでは、こういう無害で口の固い異邦人という存在にこそ色々話せてしまうということはあるのかもしれないとも思えてしまうのは、主演サイモン・ベイカー(嘘でしょ!?全然気付かなかった…)の上手さか。映画はそこを違和感なく進めながら、事件以降時間が止まってバラバラになっていた家族を、トラヴィスを媒介して繋ぎ合わせていく。
※『ブレイキング・バッド』のウォルター・ホワイトを念頭に置いてるのか?

原題"LIMBO=辺獄"とはこの町の名前であり、この土地が文字通り"原罪で死んだ善人の魂が留まる場所"であり"忘れ去られた場所"でもあることを指し示している。人口密集地以外は荒涼とした砂漠と、人々が僅かな日銭を目当てにオパールを掘り返した穴で構成されていて、西部劇的な構造をロケーションでも補っていく。また、全編がコントラスト強めなモノクロ映像なので、夜や暗闇の切り抜き方が上手いシーンが散見される。特に終盤で洞窟の中に車を発見するシーンのライティングの美しさは異常。これは無限にシリーズ化できるタイプの作品では?

・作品データ

原題:Limbo
上映時間:108分
監督:Ivan Sen
製作:2023年(オーストラリア)

・評価:70点

・ベルリン映画祭2023 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . エスティバリス・ウレソラ・ソラグレン『20,000 Species of Bees』スペイン、ルチアとその家族について
2 . クリスティアン・ペッツォルト『Afire』ドイツ、不機嫌な小説家を救えるのは愛!
3 . リウ・ジエン『アートカレッジ1994』中国、芸術と未来に惑う青年たちの肖像
5 . マット・ジョンソン『BlackBerry』カナダ、BlackBerry帝国の栄枯盛衰物語
6 . Giacomo Abbruzzese『Disco Boy』正面から"美しき仕事"をパクってみた
8 . アイヴァン・セン『Limbo』オーストラリア、未解決事件によって時間の止まった人々
10 . アンゲラ・シャーネレク『ミュージック』人間に漸近する神話のイデア
12 . セリーヌ・ソン『Past Lives』輪廻転生の恋と現世の恋
17 . 新海誠『すずめの戸締まり』同列に並ぶ被災地と遊園地
19 . リラ・アヴィレス『Tótem』メキシコ、日常を演じようとする家族の悲しみ

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . Wu Lang『Absence』中国、"不在"を抱えた都市への鎮魂歌
2 . ダスティン・ガイ・デファ『The Adults』大人になった三人の子供たち
9 . ホン・サンス『in water』ほぼ全編ピンボケ映画
12 . ポール・B・プレシアド『Orlando, My Political Biography』身体は政治的虚構だ
13 . ロイス・パティーニョ『Samsara』ラオスの老女、ザンジバルの少女に転生する
16 . Szabó Sarolta&Bánóczki Tibor『White Plastic Sky』ハンガリー、50歳で木に変えられる世界で

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