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ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)

ハンガリー映画といえばネメシュ・ラースロー『サンセット』が公開され、エニェディ・イルディコ『私の20世紀』やタル・ベーラ『サタンタンゴ』がリバイバル上映される今年は正にハンガリー映画イヤーと言えるかもしれない。

今回は第二次大戦が終結し、連立統治時代に突入したハンガリー映画業界をご紹介。Szőts Istvánとゲツァ・フォン・ラドヴァニを失った時代でもあったのだ…大ヒットした『ヨーロッパの何処かで』もこの頃公開された。

・終戦直後のブダペスト

ブダペストで市街戦が勃発していた最中の1945年1月30日、市長が映画製作の再開を宣言した。直ぐに別の統治者によって、再建されたHunnia所有のグヤマット通り撮影所での映画製作再開が宣言された。戦争による荒廃の中にあったハンガリーにおいて、映画業界の構造や組織は無事に残っていた。

ケレチ・マルトン(Keleti Márton)は、1945年10月に終戦後の欧州で初めての映画『A tanítónő (The School Mistress)』を撮った。この映画はBródy Sándorの同名戯曲を原作とした作品で、1947年の第二回カンヌ国際映画祭に出品された。

・再開に向けて

しかしながら、再開は茨の道だった。そもそも資金もフィルムの在庫も無かったのである。配給体制は崩壊しており、1943年の一年間で52本製作されたのに対して、1945年から1948年の4年間で製作された映画は14本に留まっている。1946年に製作された4本の長編劇映画は全て個人的に出費された作品だった。

・そして、国家事業へ…

ハンガリーでの映画製作事業は徐々に政治問題に発展し、連立統治に参加していた各政党が一つずつ作品を作った。ハンガリー共産党によって援助されたゲツァ・フォン・ラドヴァニ『ヨーロッパの何処かで (Valahol Európában / Somewhere in Europe)』(1947)はその中でも傑出している。戦争孤児たちがなんとかして生き延びようとする、世界的に、特に当時の欧州にとっては共感するポイントの多い物語であった。この映画には平和を望む心と、人間の品性や自由が勝利することへの強い信奉心があり、それをドイツ表現主義に似た詩的な映像に乗せて表現したのだ。以上のような点から、この作品は世界的に成功を収めた。

社会民主党が援助した『Beszterce ostroma (The Siege of Beszterce)』(1948)はケレチ・マルトンによって戦前の伝統が再現されたような作品となった。また、政治的ないざこざによって独立小農業者党が製作した『Könnyű múzsa (The Light Muse)』(1948)と全国農民党が製作した『Mezei próféta (The Prophet of the Fields)』(1947)は公開されなかった。

・Szőtsとラドヴァニ、二人の偉大な才能

Szőts Istvánだけが、いかなる政党からも距離を置いた。Móra Ferencの小説を原作とした『Ének a búzamezőkről (Song of the Cornfields)』(1947)は戦争を生き抜いた世代の、生きようとする揺るぎない意思を描いた作品である。しかし、貧しい地域を描いたせいか、この映画は1979年まで上映が禁止されてしまった。それによって彼のキャリアは閉ざされてしまい、50年代の初頭に民間伝承についてのドキュメンタリーを撮った後、1957年に国を去り、ウィーンで教育系ドキュメンタリーを作ることとなった。しかし、イタリアン・ネオリアリスモの巨匠たちは彼を師として仰いでいたし、その作品はハンガリアン・ニューウェーブに絶大な影響を与えた。

ゲツァ・フォン・ラドヴァニも海外に出た監督の一人だった。彼は後に西欧で成功を収めた。そして1980年に"古い夢"を叶えるために故国へ戻った。『Circus Maximus』(1980)を撮るためである。第二次大戦中の1944年、密入国やパルチザン支援を重ねる移動サーカス団が、戦争という地獄に直面するという作品らしい。


ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代 につづく

※ハンガリー映画史これまで

ハンガリー映画史① 黎明期(1896~1910)
ハンガリー映画史② 繁栄の時代(1910~1919)
ハンガリー映画史③ 戦間前期 来なかった黄金時代(1919~1925)
ハンガリー映画史④ 戦間中期 復活の兆し(1925~1932)
ハンガリー映画史⑤ 戦間後期 コメディ黄金時代(1932~1939)
ハンガリー映画史⑥ 第二次大戦期 メロドラマの時代(1939~1945)
ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)
ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)
ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)
ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期(1956~1963)
ハンガリー映画史⑪-A ハンガリー映画黄金時代 社会批判、リアリズム、歴史の分析(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)
ハンガリー映画史⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-B 新たな道を探して ドキュメンタリーとフィクション(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-C 新たな道を探して ドキュメンタリー、風刺、実験映画(1970~1978)
ハンガリー映画史⑬-A 二度目の黄金時代へ 芸術的な大衆映画(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-B 二度目の黄金時代へ 80年代のドキュメンタリー(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-C 二度目の黄金時代へ 格差の拡大と映画の発展(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-D 二度目の黄金時代へ 新たな語り口とその様式化(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)
ハンガリー映画史⑭ そして現代へ (1990~)

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