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ビクトル・エリセ『瞳をとじて』過去と未来を見るヤヌス

大傑作。ビクトル・エリセ長編四作目。1992年の『マルメロの陽光』以来31年ぶりの新作長編。それで170分は張り切りすぎだろ。映画は1990年に製作されたという劇中劇『The Farewell Gaze』の冒頭シーンで幕を開ける。フランスの田舎村で"悲しき王"と名付けられた屋敷に中国人執事と共に暮らす金持ち老人レヴィは元レジスタンスだった男フランクを呼び寄せ、中国で音信不通になった娘ジュディスを探して連れてきてくれと依頼する。彼はフランコ時代に国を離れたスペイン系ユダヤ人だった。フランクが屋敷を離れると同時に、彼を演じた俳優フリオが撮影中に行方不明になり、映画はお蔵入りとなったことが語られる。監督ミゲルもまた引退同然となって、今では漁村で隠者のような暮らしをしている。22年後にあたる2012年のマドリードで、失踪したフリオについて特集する番組に出演を決意したミゲルは、海兵時代からの親友だったフリオと歩んだ40年、フリオのいない22年と向き合うことにする。当時の撮影メンバーや関係者で今まで生きているのは、編集者のマックスと元恋人のマルタくらいで、あとは幼かったフリオの娘アナ(なんとアナ・トレントが演じている)も登場する。そして、彼らとの語らいを通して死にかけているフィルムという媒体、廃墟と化した映画館、自らの監督人生について考えを巡らせていく。多くの場合、薄暗い部屋でミゲルと誰かが二人きりで喋り続けている顔をアップで捉えているので(そして光の速さで字幕が消えていくので)、調査が進んで新事実が開示されていく面白さと会話ばかりの退屈さを同時に感じていたが、ラスト1時間の怒涛の展開に圧倒された。そこから分かるのは劇中劇『The Farewell Gaze』と本作品『Close Your Eyes』が強力にリンクしていて、かつ対になっていることだ。レヴィ、フランク、ジュディスの関係性はミゲル、フリオ、アナの間で目まぐるしく入れ替わる。印象的なヤヌスの胸像は過去と未来を同時に見ることを示唆しているのだろう。失われたものにも愛情を注ぎ、それと同時に未来を見つめることもできるのだ。そして、エリセは別れの眼差しに対して、目を閉じて応えることを選ぶ。お見事。

・作品データ

原題:Cerrar los ojos
上映時間:169分
監督:Víctor Erice
製作:2023年(スペイン, アルゼンチン)

・評価:90点

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