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クリスティ・プイウ『MMXX』ルーマニア、歴史の岐路に立たされた彷徨える魂…?

クリスティ・プイウ長編七作目。2020年のトランシルヴァニア映画祭での前作『Malmkrog』の屋外上映イベントにてマスクを付けなかったこと、同年のヴェネツィア映画祭で審査員を降板したこと(恐らく上映中のマスク着用を拒否したことに起因)などによって、すぐにルーマニア映画界でアンタッチャブルな存在となってしまったプイウの最新作は、完成しなかったからかどこにも見向きもされなかったからなのか、サンセバスチャン映画祭でひっそりと公開された。マスク着用を強制するのが気に入らないらしく、本作品の中でも登場人物が憎々しげに"マスク取ってもいい?"と尋ねるシーンが何度か組み込まれていた。また、題名がローマ数字でコロナ発生年を表す"2020"なのもなんだか怪しげ…本作品は四部構成になっている。第一部"Sempre Libera(いつも自由で)"では若いセラピストのオアナのあるセッションが40分間フィックス長回しで描かれる。マクリという患者への簡易アンケートのはずだったのに、質問への過剰反応、尊大で鬱屈した回答が止めどなく流れ出し、オアナは次第に主導権を失っていく。そもそもマクリにはセラピーが必要には思えない。"世界を敵に回した気分だ"という質問に対しては"寧ろ世界が私に敵対している"という帝王みたいな回答をするし、"他人を失望させた"という質問にも"寧ろ他人に失望させられてきた"と返している。コロナ禍以降の困難な状況によって、或いは他人との繋がりが減ったことで、ナルシシズムが悪化した結果なのだろうか?

第二部"Baba au Rhum"はオアナの弟ミハイ(少しだけ第一部にも登場)が誕生日(?)パーティにババ・オ・ラムを作りたいが料理器具がない!と姉オアナに探させる話である。キッチンの一角に陣取って煙草を吸って蘊蓄を垂れつつなんの手伝いもしないミハイに対して、オアナは調理器具を探して戸棚引き出しを開けまくり、母親に電話しと大忙し。すると、友人ボボから臨月の妻がコロナ陽性発覚してコロナ専門病院に連れて行かれた!と電話が入り、セラピストとしての人脈、救命隊員である夫セプティミウの人脈などを駆使して情報収集にあたる。そんな中で、ミハイは友人の検察官の話を持ち出す。コロナ検査を受けようと予約の電話をしたら、検査受ける前なのに"陽性です"と言われた、だからコロナ検査なんて全部フェイクなんだ、と。急にQアノンみたいになるのだが、『ラザレスク氏の最期』『コレクティヴ』を観ているので、その根底にはルーマニアの医療への不信感があるのではと思うなど。擁護はせん。

第三部"Norma Jeane Mortenson(マリリン・モンローの本名)"はオアナの夫セプティミウとそのモルドバ人の同僚オイゲンが、コロナ検査の結果を待つ40分間を長回しで描いている。オイゲンは以前出会ったクリスティナという女性について、彼女と一夜を楽しんだ後に、彼女が地元ギャングのボスの愛人だったと知らされて云々という話を滔々と語り続ける。セプティミウは全く興味なさそうに気のない返事を返すだけだ。それに加えて、オイゲンのルーマニア語をセプティミウが捕捉できない箇所もあり、観客にも伝わりにくい内容となっている。それらを鑑みなくても散漫な内容となっており、もしかするとオイゲンはコロナ後遺症なのかもしれない。また、第一部に登場したマクリにオアナを紹介したらしき女性が看護師として登場する。

第四部"7月8日"(これだけ意味もなくキリル文字で書かれている)では、これまでとは打って変わって、人身売買組織を調査すべく田舎村の葬式に赴いた刑事ナルシスを描いている。この刑事を演じるのは『Stuff and Dough』で主演だったDragos Bucurである(プロデューサーも兼任)。同僚の夫婦が自殺した直後ということもあり、ナルシスは捜査に身が入りきらない。コンスエロの呼ばれる女が語る人身売買組織の話は悲惨極まりなく、自殺した同僚夫婦、コンスエロの親族を含めて様々な死の物語がここに集結している。が、他の挿話との関連はよく分からない。第一部のマクリが登場してるらしいのと、第三部のギャングのボスが今回も絡んでいるのではとファンたちから好意的な解釈がなされている。

四部全てで、視点人物となるべき人間が注意散漫のために中心に来ず、長々とした会話或いは独白の外側に立たされ、時間が経つのを呆然と眺めているようにも見える。プイウはこれを"mankurt"、つまり意思のない従順な奴隷、と説明している。興味深いのは第一部と第三部は『Aurora』『シエラネバダ』と似た、いわゆるアケルマン的なフィックス長回しを基本としているが、第二部と第四部は『Stuff and Dough』『ラザレスク氏の最期』と似た、いわゆるダルデンヌ的な追い回しを採用していることか。これも、持てる全ての技術で世界に問う、という姿勢なのか。歴史の岐路で立ち往生する魂の彷徨い、という表現は確かに正しいとは思うが、これを2023年に公開する意味はよく分からん。百歩譲ったとして2020年7月くらいの認識だろ。

・作品データ

原題:MMXX
上映時間:160分
監督:Cristi Puiu
製作:2023年(ルーマニア)

・評価:60点

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