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ムバラク長期政権からアラブの春以降|気になる中東

前回記事では、アラブとしてイスラエルとの初の和平協定を結びながら、凶弾に倒れた大統領サダトについて紹介した。

ムバラク政権

後継大統領に選出されたのは、サダトの片腕として副大統領を務めてきたムハンマド・ホスニ・ムバラクだ。

ムバラクは、基本的にサダトの路線を継承し、アメリカ、イスラエルとの関係強化を進めた。これにより82年には第三次中東戦争でイスラエルに占領されたシナイ半島の返還を実現した。同時にサダト時代に悪化したソ連やアラブ諸国との関係改善にも努めた。私の個人的な感覚では、ムバラク政権は外交的には国際的なバランスに配慮した対応をしていたと思う。私が人生初めての海外旅行でエジプトを旅していたのは、ちょうどムバラク政権の時代だった。

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しかしながらエジプト国内的には強権的な政治姿勢だった。ムバラク政権は結局30年に渡る、ナセル、サダトを超える長期政権となり、4年ごとの大統領選挙でも常に異常な圧倒的得票率であった。そして長期独裁政権は国民の中に反ムバラク感情を蓄積させていった。その国民の不満が爆発する形で、2011年に発生した「アラブの春」運動により、ムバラク辞任を求める暴動がエジプト国内各地で発生。この圧力に抗しきれず、同年2月に辞任を発表した。

辞任後には、家族名義を含め、海外に無数の不動産や銀行口座を持ち、不正蓄財を行っていたことが発覚。この不正行為やデモ隊の殺害に寄与した罪で、2012年に終身刑判決が下るも、2017年に裁判のやり直しにより無罪となった。その後、かねてより心臓発作等により健康状態が悪化していたが、今年(2020年)2月25日に死去した。

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モルシ政権

アラブの春によりムバラク長期政権倒壊の後に大統領に就任したのが、ムハンマド・モルシだ。モルシはムスリム同胞団を母体とする政党(自由と公正党)の党首であった。

ムスリム同胞団はイスラム教スンニ派の政治団体で、設立は1928年にさかのぼる。イスラム法に基づくイスラム国家を目指しており、幾つかの国からテロ組織としての認定も受けている。エジプトでも長く非合法組織とされてきたが、強権・独裁的な政治のもとで大衆支持を拡大し、1984年からは人民議会(国会)に議員を送り出してきた経緯がある。

だが、モルシ政権はイスラム主義に基づく政治を進めようとしたために世俗派からの猛反発を受け、また経済政策や外交での成果は期待にほど遠く、反政府運動も発生。2013年にシシ国防大臣を中心とするクーデターが起こり解任された。わずか2年の短命政権となった。

モルシはその後、裁判での審理中に倒れ、2019年6月に死去した。

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シシ政権

その後、2014年大統領選挙で、クーデターを主導したアブドルファッターフ・シシが大統領に当選し、現在に至る。

イスラム主義に傾いたモルシ政権からの揺り戻しとして、発足当初は軍事クーデターによる政権奪取でありながらも評価する声もあったが、長期政権化に伴う言論弾圧や経済の停滞に国民の不満は再び高まっており、昨年(2019年)秋には治安部隊が出動するデモも発生した。経済、国内治安、外交などに加え、コロナ禍により観光需要も大打撃を受け、シシ政権を取り巻く環境は一層厳しさを増している。

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エジプトがアラブの大国という言葉で形容されたのは、たぶんムバラク時代が最後だっただろう。

結局、世界は冷戦終結後の新しい国際秩序の枠組みを描ききれていない。特にムバラク政権倒壊のきっかけとなった「アラブの春」をどう評価するのか。あの時は、FaceBookなどのSNSが民衆運動の新たな武器となり、腐敗権力の打倒にまでつながったことに、インターネット時代の民主主義のあり方と期待もしたが、その後こうしたデジタル・テクノロジーがポピュリズムを助長し、トランプ政権を生み出し、結果として自国主義や米中新冷戦による分断化、そして国連の存在感の低下がむしろ進んでしまっていることに、私自身も戸惑わざるを得ない。

エジプトとアラブ社会の混迷は、結局世界の混迷を映し出している。「中東は国際情勢の縮図」という図式が、今も生きているという、あまり喜ばしくないことなのかもしれない。

【つづく】

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