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【校閲ダヨリ】 vol.73 「栗」はなんと発音するか(アクセント)


みなさまおつかれさまです。

ようやくひと段落つきまして、気がつけばゴールデンウイークも中盤でございます。
あまり天気がパッとしませんが、みなさまは連休いかがお過ごしでしょうか。

今回は、東京時代、私がよく部下から指摘された「発音(アクセント)」に関するお話です。

少し恥ずかしいですが、まずはその背景をご説明いたします。

※アクセントを示す際は「太字」を用いています。


東京は世田谷の会社で働いていた当時、部下と話しているときに、何かの流れで「」という単語が出たんです。

「伊藤さん、モンブラン好きだよね」
「うん、僕、が好きだから」

たとえばこんな感じです。

このあと、その人は大笑いしながら「それ、やめたほうがいい(大笑)」と教えてくれたんです。

私は本当に意味がわかりませんでした。

事情を聞くと、どうやら私は「」の発音が「り」なのです。
一般的には「く」だと。
私の発音では、「陰核」を表す「リ」と同じになってしまうと。


これは危ういですよね。
意図せず、発言がセクハラになってしまうわけです。

ちなみに、東京に行くまでの人生で、私の周囲は「栗(り)」と発音している人がほとんどだったような気がしています。

私の出身は、千葉県の北東部、九十九里浜北端の旭市というところです。
(チーバくんでいうと、延髄のあたりです)

Google マップより


父は同市出身、母は隣の銚子市出身で、祖父母も然りという、3代以上にわたって地域に根を張る一族です。

漁師言葉混ざりの方言はありますが、とはいえ関東地方・千葉なので標準語を話しているような気になっており、
特に自分の発音が大きく外れているなんてことは思ったことがなかったのです。

私は、自分のちいさな名誉を守るため、家族に調査を実施しました。
やはり、一家で「り」でした。


ほかにも、僕の発音が笑いを誘った場面として

・「ーニーズニューヨーク(一般:バーニーズニューヨーク)」、その関連で「ーニーズマウンンドッグ(一般:バーニーズマウンンドッグ)」

・「ワちゃん(一般:フちゃん)」

等々あるのですが、これらは自分でもなんとなく理由を説明できるのです。

ーニーズ〜」は、「バーニーズ」のところで切ってしまい、それ単体でのアクセントが出てしまっている、「ワちゃん」は、家にテレビがなかったので字面で判断するしかなく、「フワフワしている」の「フワ」と同一化させて読んでいたといった感じです。(「不破」は「ふ」と呼びますから)

ですので、「栗」だけがよくわからないのです。
ちなみに、言いづらいだろうに教えてくれた部下(感謝しています)は、北海道の出身で「コーー」を「ーヒー」と言います。私は普段は「コーー」ですが、前に「アイス/ホット」がつくと「アイスーヒー」となります。


次に私は、当時お付き合いしていた人に聞いてみました。

「実は職場で云々〜」
「え、マジ? それ普通にやばいからやめたほうがいいよ

完全にへこみました。
なぜなら彼女は、私が淡い期待を抱いていた、地理的に近い「北関東・南東北方言説」に関わりのある茨城県北部の方だったからです。彼女自身にも、そこはかとなく特有のアクセントはありました。

嗚呼、終わった。これは方言というより、「伊藤家」の問題なのだ。
そういえば我が家は地元でもいろいろと「変わっている」という噂があるようなないような……ということを運転する彼女の隣で思っていたのですが、そんな折、こんなことを言ってくれたのです。

「あ、柿(き)」
「ん?」
「ほら、柿(き)がたくさんなっているよ」(一般的な「牡蠣」「花器」と同じアクセントです)

!!!
これは、私の「栗」と全く同じパターンです。

「栗(り)」は言わないかもしれないけれど、「柿(き)」とは自然に出る。
これは何かあるという希望をつなぐことができました。


そんな話を思い出し、今回、この謎に迫ってみたいと思ったのです。

アクセントは、世界中の言語で存在する概念です。
個々の語について決まっている韻律的特徴のことを指しますが、簡単にいうと「強さ」「高さ」「長さ」などの特徴がそれにあたります。

英語、ドイツ語、イタリア語:「強さ」のアクセント(stress accent)

日本語、中国語、ベトナム語:「高さ」のアクセント(pitch accent)

のように、言語でアクセントの示し方のベースがあります。ただし、それぞれ割り切れるかというとそんなこともなく、強さ・高さ・長さが相互に関連しているような状態になっているとされています。

声の高さを用いる似た概念に「イントネーション」がありますが、こちらは「語」よりも大きな単位である「句」や「文」にかかる単位とされます。(「文アクセント」と呼ばれることもあります)
今回の私の疑問は「」にまつわるものなので、アクセントを対象に据えたいと思います。

お察しの通り、日本語のアクセントは方言と密接な関係があります。
細かく説明すると、東京アクセントは「n+1(n=拍数)」の型種があり、近畿アクセントは「2n-1+α」など、単語のアクセントとそれに付随する助詞などの要素まで含めた解説となり、とてもやりきれませんので、今回は「日本列島全体でみたアクセントの分布」というところから考えたいと思います。

日本語のアクセントは、大きく6つに分類されるようです。

・東京・東京系アクセント
・近畿・近畿系アクセント
・近畿アクセントに準ずるもの
・二型アクセント
(アクセントの型(定まり方)が2種類あること)
・特殊なアクセント
・無型アクセント
(「一型アクセント」から呼び方が変化)

これは、図を見るとわかりやすいです。

©Shogakukan


なんとなく、「蝸牛考」を思い出すような色分けですね。


この、色が同じ地域のアクセントは「だいたい同じ」か、「同じような法則で導かれる」ということを示すわけですが、東京からあまり離れていない地域に「グレー」の領域があることがわかるかと思います。
茨城県から宮城県の半分くらいですね。
九州にも同じ色の地域がありますが、これは「無型アクセント」の地域とされています。
図の中では千葉県全域は東京アクセントに分けられていますが、実際はそうやすやすと線引きされるものではございません
特に、私の出身地である千葉県北部の北総地域は茨城県との境ですので、「通じ合う言葉」がたくさん存在します


ちょっと、光が見えてきた?


そうですね。「」と「」のアクセントの付け方が似ているという点で、関連性が見えました。


次は、「無型アクセント」なるものがどういった方式なのか。

」というのは、「アクセントの付け方」という解釈ができます。
噛み砕くと、「初めて見た単語『●●●●●』を発音するときに、どういうふうにアクセントをつけるか」という感じになります。
無型アクセントは、そのが「無い」ということになるんです。
つまり、単語がいろいろな型で発音され、決まったものはない

「栗」を「り」と呼び、「栗ご飯」になれば「くりごはん」と呼んだりする。
「コーヒー」は「コーー」だけれど、「アイスコーヒー」になると「アイスーヒー」となる。


ご、ゴール!!


やりました。あくまで理論上の考察ではありますが、茨城県以北に広がる「無型アクセント」が千葉県北部に染み出した結果が、私の独特のアクセントにつながっている可能性があると言えなくもなさそうです。

※ちなみに、これはアクセントからは逸れるのですが、私に指摘してくれた部下(北海道出身)は、中でも「茨城県のある地域の住民が入植した地域」の出身であるため、私が話す方言(都内含む他地域の人はわからないもの)
が伝わったりします。


言葉というのは本当におもしろいですね。
日本語は「正しいアクセント」の概念も曖昧な言語(多くの辞書に発音記号の記載はありません)で、正解はないに等しく、関東といえどこんなに差があるのです。
ただ、「栗」だけは直したいと思うここ数年です。


それでは、また次回。


参考
日本語学大辞典』(東京堂出版)
日本国語大辞典』(小学館)
『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)


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