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短編小説

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現在過去終始形

 昔の自分が羨ましいと思うときがある。
 もちろん、今より昔の方が未熟だった。考えが甘かった。青かった。こうしときゃ良かったのに、ああしときゃ良かったのに、なんていう反省点は山積みだ。
 だけれど、その頃の自分の方が、今の自分より幾分マシだったんじゃないかって、そんなことを思ってしまう。昔はもっと自由奔放だった。寝たいから寝る、食べたいから食べる、遊びたいから遊ぶ。気の向くまま、自分の思うがまま、

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終末

 「はい、これ。」

 渡されたものは、スターバックスのホットドリンク。飲み物を買ってくる割には遅いと思っていたら、まさかそんなところまで足を運んでいたとは。

 「ありがと、これ、高かったでしょ。」

 「まあそれなりに。」

 「いくら?払うよ。」

 「いいよ、奢る。」

 君は私の横に腰掛けて、さも当たり前のようにそう呟いた。

 「...ありがと。」

 吐く息が白い。二人分の息が風に乗

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たむけのはな

たむけのはな

 三年振りに、ほおずき市に行った。
 梅雨が明けたばかりの浅草は、三年前と変わらず人で賑わっていた。吊るされている風鈴の音が辛うじて涼しさを演出しているものの、人々の熱気によってあまり効果は無い。ほおずきを抱えた人々の雑踏に揉まれながら、私は覚束ない足取りで歩く。一歩を踏み出す度にくらくらと視界が揺れるのは、何も暑さや人ごみのせいだけではない事を私は知っている。

 三年前、私の娘、なつみが亡くな

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とある物語

とある物語

あるところに、りなちゃんという女の子がいました。

りなちゃんは、四人家族です。

りなちゃんには、お兄ちゃんがいます。

名前は、ゆうたくんといいます。

ゆうたくんは、じへいしょうです。

みずからをとざす、と書いて、自閉症です。

お母さんとお父さんは、ゆうたくんのおせわが大変で、いつもゆうたくんにつきっきりです。

「ごめんね、りな、お兄ちゃんのためにがまんしてくれる?」

どうして、お兄

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砂のお城とカタストロフィ

砂のお城とカタストロフィ

昔、虫を殺した。

蟻は踏み潰したし、蚊は手で叩き潰した。
ミミズは木の枝でバラバラに切ってまだうねうねと動いている肢体に小石をぶつけて遊んだし、なめくじには塩をかけてどんどん干からびていく様を見ていた。

虫なんてのはすぐに死んでしまう。どいつもこいつも人間に無抵抗に殺されてばかりだ。そりゃあ毒を持ってる虫もいるから、全てがそうとは言えないけれど。

だったら、どの虫もみーんな、毒を持ってれば良

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morning glow

morning glow

「......あ」

パソコンから顔を上げる。そのまま窓に目をやると、カーテンから光が漏れていた。

またか、と思い溜め息を吐く。もう陽は昇ってしまっているようだ。

最近、気が付いたら朝、という現象が良く起きる。

今みたいにパソコンを弄っていたり、読書に耽っていたり、録画していたドラマを観ていたり、と理由は様々だ。そしてそういうのは大抵、休日ではなく平日に起こる。

平日なのだから勿論仕事があ

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知らぬ存ぜぬまた明日

僕には解らない。

明日、明後日、明明後日。

良く耳にし、そして良く口に出す言葉。

僕達は当たり前のようにその日が来ると思っている。

もしかしたら病に倒れて明日が保障されなくなるかもしれないし、はたまた大地震が起こって明日どころか今日すら迎えられなくなるかもしれない。

そんな、日常。そんな、危うさを孕む、日常。

誰にも先のことは分からない。だから未来を恐れて今を台無しにしてはいけない。皆

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