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【文学紹介】(続き)凜とした夜と女の意地 李商隠:霜月

1:前回の続き

前記事 【文学紹介】凜とした夜と女の意地 李商隠:霜月からの続きになります。

唐代後期に生まれ、幻想的な詩風で知られた詩人、
李商隠の作品を見ていきましょう。

2:霜月

【原文】
初聞征雁己無蝉、百尺樓高水接天。
青女素娥倶耐冷、月中霜裏闘嬋娟。


【書き下し】
初めて征雁を聞き已に蝉無く、
百尺の楼高くして水は天に接す。
青女と素娥は倶(とも)に冷たきに耐え、
月中霜裏に嬋娟を闘わす。

【現代語訳】
南へ向かう雁の声が聞こえるようになった時分、すでに蝉はいなくなり
百尺の高殿から見渡せば流れる水と天空が一体となっている。

霜雪の女神青女と月の女神嫦娥は共に寒さに絶えながら
霜降る夜に月の輝くこの中で、美しさを互いに競い合っている。


3:作品解説

今回の詩は七言絶句。7文字×4句の形式で書かれる詩です。
学校の授業っぽいですが、蝉(セン)、天(テン)、娟(ケン)と
もちろん韻も踏んでおります。

各句の内容を見ていくと、
まず一句目、「初めて征雁を聞き」の「初めて」は「〜したばかり」の意味(「First」の意味ではないです)。
征は「行く」という意味で雁が移動する=南に渡るということです。
雁の声は秋の風物詩ですね。

その次に出てくる蝉は夏のような気もしますが、
漢詩の中で蝉といえば秋の生き物。
ただし、今回は季節が進み蝉はもういない時分です。
初雁の音と蝉の不在で、秋が深まっていく季節感を音で説明しています。

第二句ではこの詩の主人公が
どこから雁の声を聞いているのかがわかります。

建物に登り景色を眺めているのでしょうか。
雁の姿を追うように遠くを眺めると水と天が接して
一体となっている様が目に映ります。

たそがれ時、空と空の色を写した水面が一色一体となって、遥か遠くまでずっと続いている、そんなイメージです。

by yuzu @Pixabay

第一句と第二句で語られた清浄な秋の黄昏をうけ、
第三句・四句目で話はさらに広がります。

青女は霜や雪を司る女神、素娥は嫦娥とも言い月に住む女神のことです。
月光のもと白い霜が輝く冷たくも美しい夜の様を、二人の女神が
嬋娟=美しさを戦わせあっていると表現しています。

青女も素娥も天上の女神。
白く冷たく輝く月の夜の美しさを女神に例えながらも、
下界に降りてきた彼女たちが寒さに絶えながら、
美しさを競うことで成り立っている
と解釈するあたり、
想像するとちょっと滑稽でもありますね。

嫦娥月へ奔る(月岡芳年画)

僕がこの詩を最初に読んだとき思い描いたのは、
寒さに震えながらも引くに引けず
互いに意地を張り合っている二人の女神の姿でした。

天上の存在でありながらとても人間臭く、
しかしそのくだらない意地の張り合いの余波で成り立っている
冷たく白い月の夜の清浄さや美しさ。

美しさと滑稽味のアンビバレンスな感覚がこの詩の魅力だと思います。

by Gerd Altmann @Pixabay

5:最後に

李商隠の詩には志を謳うものや歴史上の出来事や人物への感慨を謳うものなど、いわゆる「漢詩っぽい漢詩」に加え、
今回のような教訓性や政治性の一見全く感じられないような、
自身の美意識を表現したと思えるような詩が数多く残っています。

その中には不釣り合いな両者を並べ立てたアンビバレンスな美意識が反映されているものが多く存在しています。

今回は紹介できませんでしたが、
軍服を着た宮女が出てくる詩や、滅び行く王朝の中で享楽に耽る君主の姿に破滅的な美を見つけたかのような詩など、そういう系のものが割と多いです。

非常に難解な詩人でもあるため慣れるには時間がかかるかもしれませんが
岩波文庫で解説書も出ていますので、興味がある方はぜひ見てみてください!

それでは、今回はこの辺で!

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