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史実同様しっちゃかめっちゃか『オール・ザ・マネー・イン・ザ・ワールド』

『All the Money in the World』★★★・。(4ツ星満点中、3ツ星。)

ロサンゼルスの西側、405号フリーウェイ沿いの山の上から下民たちを見下ろす私立美術館「ゲティ・センター」。パサデナにも「ゲティ・ヴィラ」の名を冠した巨大な施設を最初に建立したのは、石油王、J・ボール・ゲティその人だ。本作は「世界中の金」を手に入れたゲティの孫息子のひとりがイタリアの路上で誘拐され、身代金$17Mを要求された事件のてん末を描く。監督は『エイリアン』『オデッセイ』『グラディエーター』のリドリー・スコット。

映画の中身以上に興味深いのは、製作の舞台裏だ。当初ジャン・ポール・ゲティ役を演じたケビン・スペイシーは、昨今のセクハラ・性的暴行にまつわる数々の告発を受け、映画は完成していたにも関わらず役を引きずり降ろされた。出演者の悪評で作品が引きずられることを危惧したスコットとスタジオは、代わりにクリストファー・プラマーを起用、8日間の撮影で映画を作り直した。追加撮影費は$15Mはかかったと言われているが、公開日は守りきった。

なお、騒動はそこで終わらなかった。公開後、主演のマーク・ウォルバーグとミシェル・ウィリアムズとの間には、億単位の報酬格差があったことも判明し、性差別にまつわる同作は文字通り、炎上した。結果的に批評家からは高い評価を得られているが、話題の事欠かない映画となっている。雑音が多い。

[物語]

大富豪ジャン・ポール・ゲティ(プラマー)の孫息子ポールが、イタリアで誘拐された。母ゲイル・ハリス(ミシェル・ウィリアムズ)には身代金$17Mを要求する脅迫電話がかかる。しかし冷血な守銭奴として知られるゲティは、テロリストたちの要求に応じない。追い詰められたゲイルは、ゲティに雇われた捜査官、フレッチャー・チェイス(マーク・ウォールバーグ)と共に、犯人の割り出しとポールの奪還のため孤軍奮闘する。

[評価]

ポール・ゲティが誘拐される現場を描いた後、身代金要求の電話を受け取った母(ウィリアムズ)へとすぐさまカメラを向ける冒頭。物語は遡って、この疎遠だったゲティ家5男の平凡な一家を描き、ゲティ翁と、のちに誘拐されるポールとの関係を抽出する。

続けざまに、本件の捜査をゲティ翁の指示で補佐することになる元CIA捜査官、(ウォルバーグ)を紹介。最後は、誘拐犯たちのうち最後まで任務に関わり、ポールと凶悪犯たちとの関係を橋渡しする男に焦点があてられる。主要なキャラクターはここでようやく出揃う。

役者が揃うまでのセットアップは効果的だが、忙しい。残りの本編も同様だ。本題へと手早く入るために、必要最低限だが手広い紹介シーンが重なる。ゲティがいかにしてサウジアラビアの石油ビジネスを開拓したか。ポールと、祖父であるゲティ翁との関係はどんなものだったか。ポールの父親はいかにして堕落したか。

ときにはCGショットを多分に利用しながら、物語の背景を足早に解説する。そうでなければ、物語を咀嚼しきれない。

問題があるとすれば、これらがスタイルからして、飛び飛びな印象を受けることだ。刺激的なシーンつなぎを通して、物語を前に進めていくための情報を厳選している。だがスタイリッシュである一方、キャラクターの外的な行動だけをたどるため、情報が片手落ちになっている。

中盤、チェイスが「誘拐はゲティ翁から金を引き出すための狂言」という結論を下したことに対して、ゲイル・ハリス(ウィリアムズ)のリアクションや感情を表現するシーンは存在しなかった。キャラクターを掘り下げるよりも、ことのてん末を伝えることに注力していることを示す、顕著な一例だ。父親の薬物依存に対するポールのリアクションがぶつ切りな点も、同じ症状。

これは、事件に関わった人物たちの内面を探求するアプローチではない。それをするには、事件が多すぎるのだ。

『テルマ&ルイーズ』のリドリー・スコットらしく、ドラマティゼーションが色濃いことも特徴的だ。終盤の展開も、実際には起きなかっただろうことが想像できる。ゲティ翁の最後にまつわるタイミングも、物語と明確なつながりが強調されている。それでいて、救助後のポールの人生がいかに狂わされたかについての事実は、さすがに語られない。良くも悪くも、映画らしい映画だ。

ケビン・スペイシーが演じるゲティ翁のシーンたちは、この先、公開される予定はないと言う。思ったよりも温かみのあるクリストファー・プラマー版・ゲティ翁との違いはぜひ拝見してみたかったが、現代の性差別を取り巻く問題の深刻さを思うと、訓戒として飲み込むのが肝要だ。スクリーンの内と外とで、ある種現代を象徴する映画と言えるのかもしれない。

史実をもとにした物語としては出色の出来だが、この作品ではスタイリッシュであることと深みを持つこととが両立しなかったことを実感する、スリラーらしいスリラー作品。

[クレジット]

監督:リドリー・スコット
プロデュース:リドリー・スコット、クリス・クラーク、クエンティン・カーティス、ダン・フリードキン、ブラッドリー・トーマス、マーク・ハッファム、ケヴィン・J・ウォルシュ
脚本:デヴィッド・スカルパ
原作:ジョン・パーソン
撮影:ダリウス・ウォルスキー
編集:クレア・シンプソン
音楽:ダニエル・ペンバートン
出演:ミシェル・ウィリアムズ、マーク・ウォルバーグ、クリストファー・プラマー、チャーリー・プラマー
製作:スコット・フリー・プロダクションズ、インペラティヴ・エンターテインメント
配給(米):トライスター・ピクチャーズ
配給(日):ソニー・ピクチャーズ・リリーシング
配給(他):KADOKAWA
:133分
ウェブサイトhttps://www.allthemoney-movie.com/

北米公開:2017年12月25日
日本公開:2018年初夏予定

鑑賞日:2018年01月15日10:05〜
劇場:Pacific Theaters Glendale 18

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