古希の記に…
どのマガジンにも収まらない雑記ブログです。けど自分の心に残ったブログです。
りかこ(りこ)は、小学校5年になりました。妻(おばあちゃん)と手芸や料理・私と農作業をすることが多いです。夏休みなどの長期の休みだけでなく、土日の休みにも、私の家に泊りがけで来て楽しく過ごしています。
住んでいる村のことを書いてみたいとおもいます。高齢化・獣害問題などの課題が山積しています。
長男の家庭は、妻と2人の男の子です。そうた(はやた)は保育所年長・りょうた(りつ)は保育所年少ぐみです。仲がいい時と激しいケンカを繰り返しながら、成長しています。月に数回、週末に家族で帰ってきます。そのたびごとに成長いているように、私には思えます。
しょうへいの野球チームは、わずか10人のメンバーです。メンバーは、しょうへいら6年生4人・4年生5人・3年生1人です。メンバーが少ないので、弱いチームです。私には、子ども達がケガを心配しています。そして、真剣にプレイしている、このチームを応援しています。
りかこは、三年近くテニス教室に通っている。毎週木曜日の夕方、運動公園でテニス教室が開かれる。テニス教室に行く時には、夕方で混雑する駅周辺を通るので、送迎することになっている。私も、りかこのテニス教室に送迎する。 下校後、家に帰った後は、自分たちだけで両親が帰るのを待つ。りか子は学校から帰ると、制服のままテレビをつけユーチューブのショート動画を見ていることが多い。私には何が面白いかわからないが熱心に見ている。 小学校の高学年になった頃にも、私はりかこに、「家に帰ったら
今日は朝から田んぼに水をひくために池に行った。軽トラで山際まで行き、山あいの道を200mほど歩くと池についた。池の水は満水だった。水門の板を外すと勢いよく水が流れ出した。 池の水の流れとともに、枯葉や木の枝で水路が塞がれ、水路から勢いよく水が溢れることがある。詰まった落ち葉を取り除き、水路を点検しながら下っていった。私の田んぼまで池の水が来るのに20分はかかる。田に水を入れる時は、数回水門の調節や水漏れがないか水路の点検をする。 昨日は雨が降った。一日どんよりとした
来週からゴールデンウィークが始まる。娘の家族は、4月29日 (祝日昭和の日)に私の家に来る予定になっていた。94歳になる妻の母の誕生会もする予定になっている。 今日の夕方、りかこ(小6)から私に電話がかかってきた。「私は4月26日(金)から泊まりに行きたいので、迎えに来てくれる?」と言った。私は「ママがいいというならいいよ。」と言った。いつもと違って電話の声は甘えているように思えた。 私は、「おじいちゃんの家で何をするの?」と言うと、りかこは「別に・・・」と言った。
私はトラクターで田んぼを耕した。 きのうの朝は薄曇りだったが、風はなく蒸し暑い日だった。天気予報では、翌日から雨の日が続くとのことだった。今年は菜種梅雨の期間が長く、雨量も多かった。田んぼが乾かないので、田んぼを耕すことが遅くなった。 トラクターでの耕運は、向こうの畔までまっすぐに進む。畔まで着くと180度ハンドルを切って、ゆっくりと元の畔まで戻ってくる。その単調な作業を何度も繰り返す。 トラクターの切り返しの時は気を使うが、直線上を耕している時はあまり考えてい
先週桜の花が散る頃になってようやく雨がやんだ。今週になると夏日になる日もあり寒暖差が激しくなった。 田の土は、依然として湿っていた。畔草が伸びてきたので草刈りをした。畑は乾いてきたのでトラクターで土を細かく耕した。トラクターで畑を耕すと、後ろから鳥たちがミミズをついばみにきた。 その後ジョレン鍬を使って畝を作った。去年は畝作りの時に腰を痛めたので、サポーターを腰に巻いてゆっくりと作業した。畝にはさつまいもの苗を20本植えた。今年は芋苗から出来た子蔓を移植して、サツマ
昨日の朝、近所の人に掘りたてのたけのこをもらった。妻はぬかを入れて茹でた。夕方になって、妻が娘に『掘ったばかりのタケノコをもらったよ。食べる?』とラインに送信した。娘から『ありがとう。もうタケノコが上がる時期やな~。』と返信してきた。 今日は、妻は朝からタケノコごはんと、タケノコの牛肉煮も作った。新鮮なタケノコは柔らかかった。私はタッパーに入ったご飯や牛肉煮を持って娘の家に行った。 夕方、部活を終えたしょうへいが中学校から帰ってきた。テレビのリモコンを押して、制服を
春休みに私と妻は孫のしょうへいとりかこと名古屋港水族館に行った。入口の近くにはシャチやイルカの大きなプールがあった。私たちは三階で、イルカのパフォーマンスを見た。大きくイルカが跳び上がると、観客席まで水しぶきが飛んできた。 マイワシのトルネードをみたりかこは、妻に、国語の教科書で習った「スイミー」のことを話していた。私たちは、ペンギンやウミガメなどを見るために水族館を歩き回った。 今日は、水族館の見学時間は2時間30分と子供たちに言った。子供たちは、水族館のパンフレ
昼食後、私と妻は仏隆寺に花見に行った。室生寺の南門に位置する仏隆寺は、嘉祥3(850)年、空海の弟子によって創建されたと言われているお寺だ。山のお寺は、桜の満開の頃になっていた。 参道入り口では、古木の『千年桜』が、私たちを迎えてくれた。とても太い幹からたくさんの枝に分れた満開の『千年桜』は、空高く伸びていた。たくさんの人がスマホで写真を撮っていたが、巨木の全体を写すことは難しかった。 石段を上ってお寺に行った。境内にあるピンクの枝垂れ桜が、青い空に映えていた。
私と妻はしょうへいとりかこを連れて名古屋に行った。 4月になり、鶴舞公園の桜は満開に近づいていた。公園の入り口には、大道芸人がジャグリングをしていた。大道芸人を囲む人だかりから、声援や大きな拍手がきこえてきた。 大通りの両脇には、いろいろのキッチンカーがたくさん並んでいた。私たちは、キッチンカーに並び、宇都宮焼きそば・ロングポテト・いなりずしなどを買った。子供たちは、10円パン・いちごあめを買った。縁日にたくさんの屋台が並んでいる風景を私は知っているが、こんなたくさんの
今日は曇っていたが暖かい一日だった。あちこちからうぐいすの鳴き声が聞こえてきた。 朝から私は果樹園の草刈りをした。先日の雨のあと、草が急に伸びてきた。春の草は柔らかいので刈りやすかった。 イタドリも生えていた。子供の頃、喉が渇いたとき、畑でイタドリを食べたことを思い出した。30cmくらいに伸びたイタドリの茎を折ると『ポカッ。』と音がした。皮をむいて、繊維質の茎をしがんだ。水けを含んだ酸っぱい味だった。スマホでは、『イタドリ』は抗菌・鎮咳・利尿作用が等があり、漢方薬の
きのうの風冷えの日から一転して、今日は春の日差しが戻ってきた。公園の桜は満開になり、ゲートボールを楽しむ人々の声が聞こえてきた。 朝から私は、田畑を見に行った。昨日の雨で、窪地には水が溜まっていた。畑の隅でチューリップが咲き始めていた。 今日は、大きくなってきたエンドウに支柱をたてた。次に、育苗ポットにトウモロコシの種を蒔いて、水をたっぷりとかけて、日の当たるところに置いた。その後、田の畔に生えてきたヨモギをとりに行った。よもぎの葉の裏には白い小さな毛が生えていた。
今年は、4月になってもスッキリしない天気が多い。 今日も朝方まで、かなりたくさんの雨が降った。午後から、私は田んぼを見に歩いて行った。排水溝からは勢いよく水が出ていた。田畑の窪地に水が溜まっていた。 今までは、近所へ行くのも軽トラを使っていた。最近は、意識的に歩こうとしている。 『老い』を考える機会が増え、私は健康寿命を意識するようになった。フレイルの予防に努めようと思った。 最近膝の痛みや腰のだるさが気になってきた。幸いストレッチや歩くことでだいぶ良くなった
午後から私と妻は、近くのダム湖に花見に行った。ダム湖の周りをゆっくりと車で一回りした。湖岸には桜が咲き誇っていた。 その後、私達はダム湖が見下ろせる喫茶店に行った。私たちはテラスに座りコーヒーを飲んでいた。満開に咲き誇った大きな桜の木々が見事だった。 ウグイスの鳴き声が絶え間なく鳴いていた。『トトトトトトトト・・。』木に穴を開けるキツツキの低い音も何度となく聞こえてきた。 喫茶店でしばらく休んだ後、私たちはダムの水面に近い場所まで下りて行った。 湖岸の近く
4月になって孫のしょうへいとりかこが私の家に泊りがけで遊びに来た。 中学校では野球部に入部することを考えているしょうへいは、グローブやバットを持って来た。塾の宿題も持って来た。 翌日大雨が降った。しょうへいは塾の宿題をめんどくさそうにやっていた。「ていねいに落ち着いてやったほうがええで~~。」と私が言っても、イライラしてやっていたので結局は時間のかかる作業だった。その後は、ふたりともYouTube動画を見たりマンガを読んでいた。 いつも私の家に来るときには、勉強
3月の中旬、右膝の内側が痛くなった。階段を上り下りする時が特につらかった。手すりを使って階段を昇降した。これほどの膝の痛みは初めてだった。去年から腰が重だるいことに加えて、膝も痛くなった。 私は、自分の老化を考えた。『これから、腰や膝の痛みと付き合っていかなければならないのか・・・。』と思った。スマホ等で、痛みの改善につながる動画をたくさんみた。とにかく『ストレッチをしよう』と思った。しかし、動画のとおりのストレッチを毎日続けることはできなかった。 そこで私は公民館
春分の日、娘の家族が帰ってきた。小学校を卒業した孫のしょうへいは、アルバムをわたしたちに見せてくれた(#343 笑来)。教員をしている娘は、「今年の転勤はないと思うわ。」と言った。最近、管理職の先生と、4月からの学校の運営についての話し合いをしたとのことだった。 その後私と妻は、息子と孫とでニフレル(#345 ニフレル)に行った。車の中で息子は、「職務の内容からして、今年の転勤はないと思う。」と言った。 先週になって娘から『転勤でした~~。』とのラインが送信されてきた