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帯の言葉に惹かれて『猫を抱いて象と泳ぐ』を読みなおした

「この小説と出合って出版社に入ると決めました。」と始まる出版社の若手の方が書かれた帯が素敵すぎて、少し前に小川洋子さんの『猫を抱いて象と泳ぐ』を買い、久しぶりに読み返しました。初めてこの本を読んだときは高校3年生でした。受験勉強中、勉強をしに行くふりをして、よく近所の図書館で本を読んでいたのですが、その図書館の棚と棚の間で分厚い一冊を手に取ったその景色を覚えています。私にとってこの本はなんとなく読んだ一冊ではなくて、受験中の記憶と結びついています。

大学受験の小論文の授業で、よく模範答案として配られていた子がいました。名前と、筆跡だけよく見ていて、国語にそれなりの自信があった自分としては、いつもその子には勝てないことが悔しくて、でもその子が書くの文章がいつも綺麗でその模範答案を読むこともいつも楽しみにしていました。その後何かのきっかけで授業が一緒になり、その子が読んでいた本が『猫を抱いて象と泳ぐ』。

この本をきっかけに、『ことり』『薬指の標本』『アンネ・フランクの記憶』など他の小川洋子さんの作品に出会う入り口のような一冊となりました。小川洋子さんの小説はチェス盤の下だったり、80分しか持続しない記憶だったり、標本に閉じ込められた記憶や思い出だったり、何かの場所・空間に留まることを選んだ・留まらざるを得ない人たちがよくでてきます。その限られた空間の中で紡がれる物語、一つ一つの言葉が美しくて、小川洋子さんの本を読むといつも、暗い部屋の中で耳をすませて、聴こえてくる静かな音楽をたよりに進んでいくような気持ちになります。

小説によっては改めて読み返すと感情移入できる登場人物が変わったり視点が変わったりする本もありその感覚も好きなのだけど、小川洋子さんの小説は、普段いろいろなことを感じる心の場所よりもさらに深くにある、自分でも無意識の精神世界に響くおはなしに感じます。いつでも、本を通じてリトルアリョーヒョンと一緒に、チェス盤の下に潜り、駒の音に耳を澄ませることができます。

帯の「7年前の冬にこの本を読み終えてから、小さな少年のいるこの世界に何度も帰ります。(中略)この小説を読んでくれた方が、このひそやかな物語を紡ぐ小さなチェスプレーヤーの良き友人になってくれることを願います。」という言葉が、この出版社の方もきっと自分のように、本に、小説に支えられて生きてきた方なんだなあと思うと同時に、この本を再度読み直すきっかけをいただいて、素敵な帯に感謝です。


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