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何でも話せる相手は、何を言ってもいい人ではない。

母の不調を確認するため、神奈川にいる姉が徳島へ帰省した。

母は体調が悪く辛そうにしているものの、父への暴言が止まらないとのこと。

とにかく今まで以上にイライラしているようだ。

姉が大学進学で上京したのちから母のイライラは始まった。

たぶん、更年期と仕事のストレスが重なったのだと思う。
モノを投げたり暴言を吐いたり、紫色になって倒れたり過呼吸を起こして入院したり、色んな階段で落ちたりと、家族のなかでも私が1番その現場を目撃して、被害を受けて来た。

そんな不調もしばらくしたら治り、平穏な日々が数年は続くのだが、やがてそれはまた訪れる。

姉いわく、今回はもうしばらくしたら治るという状態ではない、もう老人になっているとのこと。

姉は母の上記のような現場をあまり踏んでいないので余計にそう考えるのかもしれないが、まあ、そのとおりなんだろうなと思う。

月に一度、姉か私のどちらかが徳島に帰って、父と母のクッション的存在をすることになった。

面倒くさいがしょうがない。
しかも、原因がわかりやすい病気じゃなくて自律神経とか心因的なものみたいなので終わりが見えないし。

姉は賢い人なので暴言などをかわすことができるのだが、私は無理でしょうなあ。

しかし、今悔やまれるのは、母の暴言癖をなぜもっと早く矯正させなかったのか、ということ。

他人様の前で家族や友達が失敗すると、その人が恥をかくような嫌味を言っていた母。

この人は何でも話せる家族、もしくは友達だから何を言ってもいいと思っている。
相手が嫌な想いをしていると考えない。
それよりも自分の溜飲を下げることを優先するのだ。

かくいう私も人前で母に「この子は上の子に比べてあかん子なんよ」、「この子はおばあちゃんが育てたからちょっとね」、「おっても何の役にも立たへん」などと言われてきた。

小さい頃はただ悲しかったが、途中から「そういうことを言うと自分が恥ずかしいのにわからんのかボケ」と思うようになった。

しかし、そこは末っ子次女。
暴君の心を逆なですることは口にしない。
今はそれを後悔しているけど。

たぶん、今回の母の不調は、約50年間続けた看護師を完全引退したことが響いているのだと思う。

小学校低学年の子を置いて1ヶ月間東京へスキルアップの勉強へ行くほど仕事を大事にしていた人である。

看護師を引退してからもほかのデスクワークの仕事に少し携わっていたのだが、手応えがなかったのだと思われる。

時間を持て余しているうちに不調の沼にハマっていたのだろう。

こう考えると何かにどっぷり浸かりすぎるのってあまり良くないのかもしれないと思ってしまう。

何かにこだわっているうちに支配され、そもそもの自分を見失うのだなと感じる。

今回の母の一件で、どうしてもこれじゃなきゃ、という考えは手放してみようとさえ思った。

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