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長生きしてね、おばあちゃん

珍しく長めの休暇を取って、四年ぶりに祖母の家へ遊びに来ている。
ウイルスが流行り出してから、祖母に移しては後悔するという不安でなかなか出向けなかったのだが、最近祖母がちょっとした病気をしたことや、漸く普段の生活が戻り祖母もいろんな人と会い始めたというので、注意を払って行くことにしたのだ。

私はかなりのおばあちゃんっ子である。
小学生の頃は夏休み中祖母の家に居て、帰る時は随分と駄々を捏ねた。
まるでアルプスの少女ハイジのように「夏休み中にある登校日だけ学校へ行って、また戻って来たら良いよ」と騙されて、家に引き戻される。
そしてやっぱりその年はもう行けない。
毎年毎年、そんなことが繰り返される程だった。

最近治療した病気のこともあって、祖母が随分弱ってしまっているのでは無いかと正直不安であった。
母からは足も弱くて歩けなくなったと聞かされていたし、祖母の写真なんかも全く見ていなかったので、聞く言葉から想像するしか無かったのだ。

だけど、久々に会った祖母は以前と全く変わらなかった。
ちゃんと歩いているし、顔だって以前から老いた感じはしない。
ただ、随分と小さくなっていた。
どうやら足が悪いのではなく、腰が悪いので背が縮んでしまうらしい。

私が夏頃「夏休みを取って遊びに行く」と言った時、祖母は「旦那を置いて遊びに来るなんてダメです」と断った。
私はそれが酷くショックだった。
結婚でそこまで大きく変わってしまうのかと。

結局私は黙って夏休みをとって、その後に祖母にメールをした。
怒られるかなと思ったが、それから一度も断ったり怒ったりはしなかった。
あれは祖母の気持ちではなく、建前だ。
私はそれに安堵した。

祖母はとてもよく話す。
私だって相当お喋りだが、その比では無い。
祖母の話の7割は、昔の思い出話である。

祖母は昔のことをよく覚えている。
私が感心して「よう覚えてるなぁ」と言うと、「ボケたら最近のことより昔のことの方がよう覚えてるんじゃあ」と言っていた。
祖母は旅行が好きだったので、大体の話はどこで、誰と、何をしたという話である。
エッセイにでもすれば良いのに、なんだか勿体無い。
祖母は短歌をよく詠む。時々新聞にも載る。
祖母の兄弟は絵を描くらしい。
他の親戚も絵を描いたり、よく文章を書くそうだ。
祖母の家には沢山の絵が飾ってあって、大体が有名な画家というより、親戚が描いた絵なのだそうだ。
私の母も兄も文章を書く。
この家に来ると、濃い血を感じざるを得ない。

祖母は最近病院の帰りに、スタバへ寄るらしい。
付き添いが居る時は難しい注文が出来るが、1人で行くと飲みたい飲み物が頼めずコーヒーになってしまうと言っていた。
私はメモ帳に大きく『トリプルエスプレッソラテ』と書いて、ホワイトモカシロップという文字もその下に書いた。
「これを持って行けば頼めるよ」と言うと、祖母は笑っていた。

祖母は毎食のようにご馳走を作ってくれる。
そして夕方になると「お風呂に入りんちゃい」と言う。
料理も片付けも手伝おうとすると「休みに来たんじゃから」と言って、私を制する。
ここに居てはダメになってしまう。
この家は幸せすぎる。
勿論夫と住む家だって幸せだけど、この幸せはヨギボーのクッションに近い、別の幸せだ。

祖母の家はとても落ち着く。
広くて、懐かしい匂いがするからだろう。
私は今の家に引っ越すとき、祖母の家に大きなぬいぐるみを送った。
それは忌々しい元彼から貰ったぬいぐるみで、しかしぬいぐるみというものをどうにも捨てられず困っていたら、送って来ても良いと言ってくれたのだ。

合計3匹のぬいぐるみは、祖母の家に座っていた。
なんとみんな服を着ていた。
私や兄が昔着ていた服を引っ張り出して、着させたというのだ。
そのぬいぐるみたちは新参者というより、初めから居たような顔をして座っている。
忌々しい思い出も浄化されたように、そのぬいぐるみから感じる嫌な気持ちは一切なくなっていた。
祖母の子になっていた。
そういえば、何故か野良猫も祖母には懐くと聞いたことがある。
それに近い空気なのだろうか。
祖母と祖母の家には、そういう力がある。

祖母は最近、遺影用の写真を撮りに行ったらしい。
私はその気持ちを否定しなかった。
みんな同じ条件で死はやってくるからだ。
そこに準備があろうが無かろうが、ゴールは変わらない。
心配事があれば解消しておいた方が良い。
私はそういうとき寂しい気持ちは隠して、聞き分けの良いフリをして肯定するようにしている。

祖母は随分前に夫を亡くして1人である。
よく友達と電話や話はするらしいが、
祖母の話を聞くのは孝行だと思い、よく話を聞くことにしている。
そして時々良い話がある。
私の耳に留めておくのは勿体無いなあと思う。
その繰り返しだ。

いつ来ても変わらない祖母の家が好きだ。
本当はまだ帰りたく無いし、小学生の頃のように駄々を捏ねたい気持ちである。

しかし、私の方は変わってしまった。
新しい家に帰るのだ。
祖母は時々「結婚したんだから」と枕詞を付けて軽い説教をしたりする。
私はそれに頷いているのだが、
やっぱり孫という立ち位置からは一生変わらないようだ。
変わらないから落ち着くのかもしれない。

今年は遊びに来て良かった。
変わらない安心感を抱いて、私は新しい家に帰る。



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