見出し画像

どうやって、自分のしたいことを経験する人生にするか

尊敬する人がおすすめする本を読んだ。
Mother Houseの創業者のノンフィクション本。

私の人生の数百倍エクサイティングで
「すごい!尊敬する!私も頑張る!」と思った。

一方、私は大体の話に共感するタイプなのに
彼女の人生は壮絶すぎて、
「わかる!」とあまり感じなかった。

経験のインパクトも、ハートも
なんか全てが強すぎる、、、!

今後辛いことがあってもこの人みたいに
乗り越えたい!とかそういう意味では
真似したいって思うんだけれど

本に出てくるバングラデシュの生活みたいな
貧しいと言われる国で猛烈に強烈に頑張る
みたいなことを、自分にはできないと思った。

それが不思議と
こう思ってしまう自分はダメだとか
社会にいいことしなきゃとか、
頑張れない自分に対して悲しいとか、
そういう感情はなかった。

本当にフラットな気持ちだったのだ。

そんな中で「わかる」と思った箇所がある。

人はそれを「行動力」という言葉で括るのですが、私にとってはそのプロセスにいる自分は「葛藤」以外の何者でもなく、常に迷いの果てに動いてきたつもりです。(略)

誰しも不安や恐怖心を抱えながらも、それよりもちょぴっと勝る、一歩踏みだす魅力を心で感じるからこそ頑張って踏み出すのではないかなあと思います。

裸でも生きる

私が休学してデンマークへ行くといったとき。
仕事を辞めてデンマークへ行くといったとき。

みんな「行動力があるね!」と言った。

行動力があるから、行くんじゃない。
きっと人よりちょっと諦めが悪くて、
人に嫉妬をしたくないからなだけなのに。

そんな「幸せでいいよね」みたいな視線を向けないでよ。
一緒に幸せに生きていこうよ!幸せを共有しようよ。。。

こんなふうに感じていた違和感は、
自分のことをわかって欲しい
さみしさからきたものだったんだと、わかった。

そして私は周りの人にも、自分にも
好きなものを、好きだと言って、
やりたいことに言い訳をしないでほしいんだ。
ときづく。

この本を読んだことで、嫌味がなく
心から「この人にはなれない」と思ったら

どの人生にも良し悪しはない
と言い古されたことがはじめて、
腑に落ちた感覚になった。

そして、それはつまり、

人生は、ただ自分が経験したいことを
経験していくしかないんだな

とも思った。

人生は、いや、世の中ですら、
もしかしたら良し悪しはないのかもしれない。

だとしたら
壮大で、スピリチュアルな視点かもしれないけれど、
塞翁が馬のように、
良し悪しの判断は必要はないとしたら
ただ、経験したいことを経験していくしかない。

好きなものに好きだと言って、
やりたいことに言い訳をしないで、
そうやって自分を大切にしていくこと

そんなふうに生きていこう。

読了。


この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

お返しの愛は無限大、一緒に幸せに貪欲になりましょうね!!