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外資系コンサル→国家公務員→嫁が鬱になった男の末路

私は職を転々としています。あるときは自分から、ほとんどのケースでは誘われるがままに転職してきました。

これは、私が外資系コンサル会社から国家公務員経験者採用に合格し転職したとき、そこそこ昔の話です。

外資系コンサル会社と書くと凄いようですが、私のいた会社はマッキンゼー、ベイン、ボストンコンサルのような入社のハードルがオリンピック級に高い会社ではなく、そこそこ難関な監査法人系コンサルティングファームの1つです。

監査法人系コンサルティングファームは、大手の4つのファームのことをBig4といいます。私のいたファームもその1つでした。

確かにグローバルブランド的にはBig4の1つなのは間違いないのですが、所詮、日本法人は極東アジアの1支店です。ちなみに日本法人は2008年頃までは世界の売上に占める割合が20%以上あったので1 支店といえども、それなりの存在感がありました。

これはBig4の他のファームでも同じだと思いますが、リーマンショックから、世界経済の成長のなかで日本は取り残されていました。相対的に日本市場が一人負けで縮小していきました。その縮小状態と半比例するように本店(海外本部)の介入が強くなり、日本法人は、例えてみれば、かつては百貨店の1旗艦店のような扱いだったのに、いつの間にか単なる百貨店の1フロア的な扱いに格下げされ、他の店舗と統合しろといったムードになっていました。

その頃、そんな状況で私はふと、

「あれ?、俺は、、
このままここで生き残れるかな?
という不安」

「何か新しいことを企画しても、
本店から止められる苛立ち」

「私の身近な方々の退職が続き、
それまでに築きあげてきた社内人脈、
つまり販路の崩壊による売上ダウン」

というトリプルストレスに苛まれておりました。

今考えると、後悔はしてませんが近視眼的になりすぎていたんですね。

そんなとき、経験者採用枠で、行政機関での仕事にチャレンジしてみないかとお誘いがあり、丁度公募もあり、めでたく合格して、国家公務員になるチャンスを頂きました。全体の奉仕者として人の役にたちたいという思いも人一倍あったので、国家公務員になりましたよ。

ただですね。

国家公務員への転職を軽く考えすぎていました。年収が半減とは言わないものの、それに近い程度に、減りまして、ましてやここら辺の話を嫁にしていなかったんです。

嫁も働いてるから大丈夫かと思いきや、嫁は嫁で実は体調を崩し、専業主婦になろうとしていたのです。

結果として、嫁が専業主婦になるタイミングと私の国家公務員への転職が重なり、家計は火の車になりました。もう祝祭感あるレベルの大炎上です。

嫁は嫁で国家公務員の給与水準を知らなかったので、「国家公務員+テレビドラマで見るような肩書」だけを聞いて、家計の心配をあまりしてなかったようです。それどころか私のストレスが減ること、肩書だけは立派なことから最初の給料を貰うときまでは大層ご機嫌でした。

つまり、心の準備が私よりも遥かにできていなかったんですね。

監査法人系コンサルティングファームって5 ちゃんでは、働きに見合った給料ではないとか、福利厚生がほとんどないとかよく書かれてますが、そんなことないんです。

確かに、福利厚生に関しては、

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