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母娘が未来に挑んだ物語「虞美人草」

再読の部屋  No.10 夏目漱石作「虞美人草」 明治四十年(1907年)発表

夏目漱石「虞美人草」について投稿するのは3回目。
「美貌で虚栄心の強い女主人公が、思いもよらない失恋に憤怒し自死する」という物語は、随分前から興味津々でした。しかし、初読では、予想を超えた登場人物の多さに、その相関関係を追うのが精いっぱいでした。

その後再読した2021年7月1日の投稿「真面目な人間になります。どうか許してください。」では、次のことを書きました。

①「虞美人草」のテーマは、甲野藤尾が象徴する利己と、彼女以外の人々が守ろうとする道義の戦いと考えられる。
②物語では、藤尾が自分に相応しいと認めた小野さんが、
・利己の象徴である藤尾(美貌、才気、財力の持ち主)
・道義の象徴である小夜子(小野さんの恩人の娘で数年前に結婚を口約束)
の間で大揺れした後、藤尾を拒絶するまでが描かれている。
③私は「利己の代表である藤尾が、道義の象徴である小夜子に敗れた」物語と感じた。

しかし、時がたつにつれ、藤尾の強烈な印象を残し続ける藤尾に対し、小夜子はあまりに影が薄く感じられてくる。「何か違うなあ・・・」と思うようになったのです。

ところが、ある日「藤尾は、目の敵にされ過ぎていないか?」と思われたときでした。答えらしいものが見つかったのです。

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「虞美人草」は、明治を舞台に、男と同じ権利と自由の獲得を望む母娘と、従前からの権利を固守する男たち(藤尾の異母兄を応援する友人で親戚、励まされた異母兄)の価値観の対立であり、小野さんはその対立を審判する者と得心されたのです。

その構えが浮かんだ時、藤尾の母の役割がとても重要と感じられました。彼女は、作者がマクベスに登場する老婆を引き合いに「謎の女」と記す女性。外交官の夫が亡くなると、甲野家の全財産を手に入れるため、相続者である、先妻の息子(藤尾の母違いの兄甲野欣也))の追い落としを図ります。

藤尾は、この自らの才覚で自由と権利を望むかのような女性に手塩にかけられ、美しさと才気を開花させた。母の野望を遂げるための最終兵器と思われてきました。もちろん、藤尾は母のあやつり人形ではない。いわばこの母娘がチームとなり、その美貌と才覚で、男と同じ権利と自由の獲得を図った。

一方、反藤尾派の代表は、藤尾の兄、甲野欣也の友人で、甲野家の父方の遠縁の息子である宗近一(むねちかはじめ)です。正義感溢れる好青年ですが、厭世的な友人が「家督は妹に譲る」と言っているのに、あまりにおせっかいで、「女を図に乗らせてはいかん」と叫んでいるような気さえします。

藤尾派と反藤尾派の間に立つ小野清三は、藤尾の家庭教師です。大学卒業時に恩賜の銀時計を賜ったという秀才ですが、資産はない。そんな小野さんは、華やかで好奇心を刺激する藤尾の世界に惹かれながらも、結局、反藤尾派についてしまうのです。もし、現代が舞台ならば、小野さんは眉目秀麗でモテモテで、二つの陣営を行ったり来たり、ふらふら迷い、苦しみながら、最終的な審判を下すような気がします。
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藤尾派と反藤尾派に重ねることができる価値観は、読み手により、様々あると思われます。藤尾派には美しく善戦して欲しい。たとえ結末は変わらなくとも!

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。





よろしかったら、「虞美人草」、お楽しみください。

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