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男嫌いの美人が出会った不思議な恋

人間関係に疲れているけれど恋はしたい!という方へ、物語の一片を。

美しくお金もある主人公は、不幸な結婚により、「二度と男は持つまい」と、心に誓った人でした。そんな彼女が、一度だけ、危うく、誓いを破りかけたことがある。菊池寛「ある恋の話」は、そんな一風変わった恋の物語でした。

物語を語ってくれたのは、「私」の妻の祖母。彼女は、蔵前の札差の娘で、親に溺愛されて美しく育ちました。しかし、その家が傾くと、借金の穴埋めとして三十歳年上の男の後妻に出されたのです。

十七歳という傷つきやすい年齢で、愛のない扱いを受け、玩具のように弄ばれた彼女は、心に男というものの醜さを刻みつけます。幸か不幸か、嫁いだ翌年、流行病で夫が亡くなります。妊娠していた彼女は、娘を出産してすぐに、大金を与えられて、子と共に家を出されました。

以後、断り切れないほどの、好条件の縁談に目もくれず、彼女は、気楽な独身生活を謳歌していました。しかし、ある日、浅草の守田座の舞台で、さほど人気もない、ある役者の演技に心を動かされてしまった。毎日、その役者に向けられた彼女の視線の熱さは、やがて、舞台上の役者の心にも火をつけて・・・・。

彼女が、どのような恋をしていたのか。それは、どうぞ、本作の次の文章から、お察しください。

世の中に生きている、醜い男性に愛想を尽かした祖母は、いつの間にか、こうして夢現の世界の中の美しい男に対する恋を知っていたのです。私は、こうした恋を為し得る、祖母の芸術的な高雅な人柄に、今更のような懐かしみを感じて昔の輝くような美貌を偲ばすに足る、均斉の正しい上品な、しかし老いしなびた顔を、しみじみと見詰めていました。

生身の役者と、役者が演じている人物は、全く別のもの。そんな、夢と現実の境目は理解できるけれど、素晴らしい舞台にそれを忘れることもある。この作品から、「演じられる世界」の魅力と危うさを教わった気がしました。

それにしても、主人公に翻弄された役者にとっては、「つらい恋の話」だったのでしょうね。

よろしかったら、「ある恋の話」、お楽しみください。

物語の一片。 No.26 菊池寛作「ある恋の話」大正8年(1919年)発表




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