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映画『海よりもまだ深く』

映画『海よりもまだ深く』の主人公は、50歳にして「俺は大器晩成型だから」と嘯く自称小説家。
一度、文学賞を獲ったことがあるが、その後は泣かず飛ばず。
新作を書きあげることもできず、「小説の取材のためだ」と、周囲にも自分にも言い訳して探偵事務所で働いている。
妻には愛想を尽かされ離婚し、安アパートで一人暮らし。
一人息子のための養育費の支払いが滞っていて、妻からは「払わないなら月に一度の息子との面会を取りやめる」と脅されている……。

こんな具合に大変残念な主人公ですが、彼の母親だけは「困ったもんね」という顔をしながらも、いつも息子に優しいのです。
決して裕福ではない暮らしの中でささやかな楽しみを見つけ、子や孫に愛情深く接するおばあちゃん。
ですが是枝監督は、このおばあちゃんの冷酷な一面も描いて見せます。
息子と話すうちに元嫁の話題が出ると、おばあちゃんは、
「女に学歴なんかあると、ろくなことにならない」
「自分に稼ぎがあるもんだから偉そうに」
と、前時代的な価値観で批難するのです。
何の迷いもない、断定的な口ぶりで。

私は、是枝作品のこういうところが大好きなんですよね。
登場人物みんなが、ちゃんと生身の人間だと感じられる。
だからこそ、その人たちの口にする言葉も行動も、「映画の中のお話」ではなく、自分と地続きの世界で起きていることだと思える。
実際世の中に、完全無欠の善人も、良心のかけらもない悪人も、そうそういないはずです。
だから私は、冷たい一面をふいに見せられることで、逆にこのおばあちゃんにすごく惹きつけられたんですよね。

人は誰でも多面体で、ある一面だけを切り取って、その人を断罪することも、崇め奉ることもできないはず。
以前レビューを投稿した『万引き家族』からも同じことを感じました。
センセーショナルな部分だけを切り取ると、「極悪非道」のレッテルを貼られそうな人々が持っている、消しきれない優しさやぬくもりが描かれるシーンが素晴らしい。

もちろん「絶対的な正義が、絶対的な悪に勝利することで、観客にカタルシスを与える」というコンセプトの作品も存在しますが、私も自作の登場人物は、可能な限り一面的にしたくないと思っています。

ただですね、そういう描写をすると、脚本の直しの過程で、
「キャラがブレてませんか?」
と言われてしまうこともあるわけです。
「ええと、ブレてるわけではないです。これもまた、この人の一面なんです」
という私の主張は、通る場合もあれば、通らない場合もあります。
それでも、今後もこの方針は曲げずに行きたい。
言動に、何の違和感も引っ掛かりどころもない登場人物って、面白くないよね、というのが私の持論です。

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