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【短編小説】5年もあれば、いろいろあるよ。

毎年、年賀状をやり取りするだけの薄い関係だったが、5年前からそれも無くなった。返事がないと分かっていたが、身の回りが一段落ついたある日、私は手紙を書いた。

できるだけ、相手の負担にならないような文章を心がけたつもりだ。ただ、5年間に様々なことがあった私は、それらを全て相手に打ち明けた。たぶん、聞いてくれる相手が欲しかったんだと思う。その手紙に対し、「久しぶりに会いませんか?」と返事が来た時は、とても嬉しかった。

そして、実際に会って、私はその空白の5年間を実感する。


彼の足にすがるようにして立っているのは、一人の男の子。
こちらを興味津々といった様子で見つめている。
久しぶりに会った挨拶を交わした後、私は彼に向かって、「その子は?」と問うた。

「僕の子。」
「子どもがいたなんて、初耳だけど。」
「言ってなかったからね。」
「ふうん。・・こんにちは。」

私は身をかがめて、男の子に向かって、声をかける。相手は「こんにちは。」と返して、にぱっと笑った。彼と違って、愛想あいそがいいようだ。

「お名前は?」
「たいき。」
「たいきって、どんな字書くの?」
「大きいに、樹木の樹だよ。ごめんね。本当は実家とかに預けたかったけど、今日は都合が悪くて、連れてくるしかなかったんだ。」

彼の言葉に、私はまた違和感を感じる。どうやら、連絡を取っていなかった5年間で、彼にもいろいろあったらしい。私たちは、ファミレスに入って、遅い昼食を取ることにした。


それぞれ注文したものが、目の前に並べられ、大樹くんがお子様ランチを美味しそうに頬張っているのを横目で見ながら、彼、高橋たかはしくんが口を開く。

「もう、体の方は大丈夫なの?見る限りは、元気そうだけど。」
「うん。手術から1年以上たったしね。この間受けた結果も良好だった。」
「・・付き添いはご家族が?」
「仕方ないから、両親に頼んだ。他にお願いできる人はいなかったから。」

大樹くんは、私たちの方を見ることなく、ひたすら目の前の食事を平らげることに力を入れているらしい。高橋くんも、大樹くんと一緒に食べるのは慣れているのか、自分の食事を進めつつ、大樹くんの世話をしつつ、私と話をするという、同時並行ぶりを見せつけた。

子どもが身近にいたことがない私は、素直にその様子に感心する。やはり親になると、そういう術も身に着けるのかもしれない。私が彼の顔を見つめると、彼は私の視線に気づいて、軽く目を逸らした。

「高橋くんの返事には、この5年間のことは何も書いてなかったけど。」
「・・なんか、うまく書けないというか、会って話した方が早いかと思って。それに、嶋本しまもとの様子も気になったし。」
「思ったより元気そうだったでしょ?」
「取り繕うのは簡単だから。」

どうやら、彼の目を誤魔化しきれてはいないらしい。私は軽く息を吐く。

「私のことは、全部手紙に書いたつもりだけど。」
「実家が取り壊されて、結婚相手が亡くなって、病気で手術を受けた。」
「そう、それ以上のことはないよ。」
「いや、5年の間にそれらが凝縮ぎょうしゅくして起きたなら、結構なことだよ。」

私が首を傾げると、彼は私を安心させるかのような優しい笑みを見せる。

「自分は、子どもができて、結婚して、離婚したくらいかな。」
「・・連絡をくれなくなったのも、そのせい?」
「生きるのに精いっぱいになって、余裕がなくなったというのが大きい。」
「それはあるかも。私も落ち着いてきたのは、ここ最近だし。」

話に夢中になって、料理が冷めてしまった。彼も同様のようだ。私以上に食べるのに集中できないだろう。大樹くんはランチを食べ終えて、目がトロンとしてきている。お腹がいっぱいになって、眠くなったのだろうか。子どもは本当に本能に素直だ。

「眠いか?大樹。」

彼の問いかけに、大樹くんは言葉にならない声で答えた。かなり眠そうだ。彼は私の方に視線を向けると、「ちょっと抱っこしてあげて」と、大樹くんの体を子ども用椅子から持ち上げて、私の方に差し出してくる。

かなり戸惑いながら、その体を受け取ると、大樹くんが私の頬に手を伸ばし、ムニムニと摘まんできた。その顔を覗き込むと、目はほぼ開いておらず、意識は夢の中に沈んでいっているらしかった。

「はは、羨ましい。」
「・・何言ってんだか。」

軽口を叩く彼に向かって、小声で窘める。抱きしめた子どもの体は熱く、すやすやと寝息が聞こえてくる。

「眠くなってくると、無意識に耳たぶを摘まんでくるんだよ。柔らかくて気持ちがいいのかな。嶋本の場合は、頬だったな。」
「大樹くんの方がよっぽど触り心地がよさそうだけど。」
「重かったら、代わるよ。」
「重くはないけど、食事は続けられないかも。」

大樹くんの頬に手を伸ばす。指の先で軽く押してみると、思った以上に柔らかくて驚いた。ずっと触っていたくなるけれど、起こしてしまいそうで、仕方なく背中に手を当てる。

「何か、飲み物か、その状態でも食べられそうなデザートでも頼もうか?」
「そうだね。お願いしようかな。」
「辛かったら言って。」
「・・いや、子どもってこんななんだなと思って。ちょっと、新鮮。」

彼は、私が呟いた言葉に、複雑な表情を見せた。
私は自分の子どもは望めない。年齢的にも、物理的にも。
手術を受けた時は、それでいいと思っていた。最愛の人はいなくなってしまったし、今後再婚することがあったとしても、私の年齢からするとリスクが高い。

「大樹でよければ、いつでも貸すけど。」
「・・何言ってんだか。」
「たぶん、大樹は君になつくと思うよ。」
「・・実のお母さんには負けるでしょ?」

そう返したら、彼は口をつぐんで、私たち2人をじっと見つめる。その様子を見て、彼が私に話してないことは、まだたくさんあるんだろうと思った。

「この後は、どうしようか?」
「ん~、明日も嶋本は休み?」
「休みだけど?」
「話し足りないから、夕飯も一緒にどうかと思ったんだけど、家でカレーでも作ろうかと思って。」

カレーと言われて、自分も最近家でカレーは作っていないことに気づく。カレーは一人で食べても、消費しきれない。なのに、それなりに量を作らないと美味しくない。

「ただ、家は狭いけどね。」
「・・私の家でもいいけど。家はそこそこ広いよ。一戸建てだし。」
「家、買ってたの?」
「うん。中古だけど。引っ越してもいいんだけど、家賃とか支払いを考えると、そのままのほうがいいかと思って、一人で住んでる。」

家に様々な思い出が残っていて、辛いというのはあるけれど、それと同時に夫が見守ってくれているような気がするのは事実だ。高橋くん達を連れて行ったら、夫は怒るだろうか?案外、高橋くんと意気投合するんじゃないのかな。生きてる内に会わせてみればよかった。

「・・嶋本がそれでいいなら。」
「いいよ。もちろん。」
「家に帰って、いろいろ準備しないといけないけど。」
「そうだよね。無理そうだったら、また次の機会でもいいけど。」
「いや、行く。」

腕の中で、大樹くんが身じろぎした。その寝顔は、出会った頃の高橋くんの顔によく似ているように感じた。私がフフッと笑うと、目の前の彼もこちらを見て、笑みを浮かべた。

いいお天気ですね。

来月、健康診断予約しました。締め切りギリギリだった。
今年もあと1ヶ月半ですね。もっとやりたい事あったと思うのですが、行動する意欲が湧かないです。来月は誕生日、クリスマス、忘年会等、イベント盛り沢山ですが、たぶん特に心に波を立てることなく終わりそうです。

ちなみに、自分もここ5年の間にいろいろありました。noteを始めたのも、そのいろいろに入るかもしれません。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。