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映画『椿の庭』

毎週火曜日のお昼は京都シネマで映画を観ています。どんな映画であろうが、その時間に上映されている映画を観ます。

今日、観たのは『椿の庭』。
いつものことながら、なんの予備知識もなく観たのですが、こんな傑作に出合うつもりをしておりませんでした。この傑作が今、京都シネマで上映されていることをどのくらいの人が知っているのでしょう。知らずに観るチャンスを逃してしまう人が少しでも減ってほしいという思いで今、私はこの文章を書いています。

富司純子さん演じる上品なおばあちゃんと、沈恩敬さん演じるお孫さんは、2人で高台にある海の見える一軒家に住んでいます。縁側から外へ出るとお庭があり、そこでは梅や桜、藤に蓮、そして椿と四季折々に美しいお花が咲きます。遠くに見える海も綺麗です。

おばあちゃんのお連れ合い(つまり、おじいちゃん)の四十九日の場面から映画ははじまります。孫の「なぎさ」は足が痺れて立つことができません。

おばあちゃんの娘の鈴木京香と、おばあちゃんが話しています。言葉は少ないのですが、どうやら、おじいちゃんが死んだことによる相続税が高額であるため、おばあちゃんが大好きなこの家を売り払わないといけないことや、なぎさは日本語が話せないことがわかります。※全編通して説明ったらしいセリフはただの一つもなく、少ない言葉数で「ああ、そういうことか」と納得させる言葉選びのセンスは抜群と思いました。

そこから物語が展開していくわけですが、その展開の仕方というのは、予想通り。そうなるよなー、、、という流れではありましたが、私がすごくいいな。と思ったのは、季節の移ろいを時間をかけて丁寧に映しているところで、季節の花や鳥の鳴き声、虫の姿などの描写にたっぷりと時間をかけることで、情感が紡がれています。物語を展開させるだけなら15分あれば終わりそうなものですが、あれだけ綿密に季節を追いかけながら撮影することによって、最初ほとんど日本語が話せなかったなぎさの日本語の上達までごく自然なカタチで見せています。

近頃は何かを創作するのに、この映画のような観せ方を、なかなか理解してもらえません。「15分で見せられるものをどうして2時間もかけるのか」という発想の方が増えてしまいました。「間」の尊さは惜しげもなく削減されるのです。ラジオも例外ではありません。

しかしもちろん、「間」を大事にする作り手も確かに存在しておりまして。例えばイラストレーターでマンガ家の、おおえさきさんの「ショート・ショート・キョート」という作品を私は好きなんですが、この作品は、限られたコマ数のなかにちゃんとそういう「間」が築かれているのです。あの「間」が削られてしまったら、あの作品は平凡なものになってしまうと思います。そんなおおえさきさんの番組『FLOWER HUMMING』はエフエム京都で毎週日曜20時から放送中。おもしろい番組だから是非聴いていただきたい。

すっかり話しが逸れてしまいました。
『椿の庭』は、そういう、自分が創作するにあたり大切にしている「間」をすごく大事にしている作品だからこそ、感動したのだと思うのです。細部への気配りを感じることもでき、傑作を作り上げるために、さまざまな「負荷」を与える創作に対する情熱にも羨ましさを覚えました。現状、自分および自分の周辺のクリエイティブな仕事で、『椿の庭』でみられる情熱を推奨する雰囲気は残念ながらありません。無駄なところで頑張らんでもええから所定の原稿を所定の分数で読んでおけばええんじゃあほんだら。という空気に内心で抗いながらも無抵抗のまま、ただただストレスを溜め込みながら粛々と続けるクリエイティブな仕事って何が面白いんでしょうね。悲しみが深み。

近頃は、あれ?この人たちの仕事って、ひょっとしてやる気ある仕事人たちの士気を削ぐことだったりします?っていう人たちが増えて萎えてばかりいたのですが、久しぶりに素晴らしい映画を観て、いま、頭がめちゃくちゃに冴えているのです。『椿の庭』、是非皆さんに観てほしい。

最後に。劇中で何回か流れる「THE BROTHERS FOUR」の「TRY TO REMEMBER」が、すべての場面において、心を突いてきました。久しぶりに泣いたなー。

#令和3年4月27日  #映画 #京都シネマ
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