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南アフリカ赴任3年目にして現地社会の洗礼を浴びてしまった話(後編)

日系企業の南アフリカ共和国子会社に赴任した私が、現地生活3年目で車上狙いに遭った話の後編です。


南アフリカ警察のお世話になる

盗まれたiPadが発する信号を頼りに、目の前にあるガジェットショップに突撃し、リュックを取り返すべきか。しかし、一人で店に乗り込んだところで、店員がシラを切るかもしれない。それどころか、危険な目に合う恐れもある。

湧き出る怒りを抑え、まずは警察に向かうことにした。そして、警察の窓口のおばちゃんに事情を説明し、iPhoneに示された位置情報を見せた。

おばちゃんは奥に座っている上司と簡単に会話を交わし、こちらに戻ってきた。彼女によると、今回のケースでは「ジャミング」という手口が用いられたのではないかとのこと。

ジャミングとは、車の近くにいる第三者がスマートキーから発せられる信号を妨害し、ロックをかけさせないようにする手口。これだとドアを壊さずに車の中に侵入できる。

思い返せば、夕食会場のレストランの駐車場に車を停めた際、ドアが施錠されているかを確認していなかった。顧客一行のアテンドで一人慌てふためいていた私は、周りにいた物乞いたちの目線を気にする余裕がなかったのだ。そして、この時すでに、私の車は目を付けられていた。

(まさか、自分がターゲットになるとは……。)

南アフリカに来た当初は散々注意していたにもかかわらず、生活に慣れていくうちに防犯意識が薄らいでいった。かくして、現地生活3年目にして私は南アフリカ社会の洗礼を浴びたのだった。

調書を作成してもらったあと、おばちゃんは「我々、南アフリカの警察を信じなさい。じきに、捜査担当者から連絡が来るわ」と力強い言葉をかけてくれた。ショックに打ちひしがれていた私にとって、その言葉は非常に頼もしく聞こえた。

(これで少しは事態が進展するだろう。)

自宅への帰り道、あのガジェットショップに警察の捜査の手が伸び、正義の鉄槌が下る瞬間を想像しては、自ら運転する車の中で一人ニヤニヤしていた。

”不幸中の幸い”がもたらしたポジティブ思考

しかし、その日の夕方、翌日、翌々日…。盗まれたリュックとの再会を待ちながらも、警察から連絡は一向にない。その間にiPadからの位置情報は途絶えてしまった。

警察に行った翌日、会社の現地人マネージャーに事の次第を打ち明けると、「Welcome to South Africa!」と茶化された。聞けば、こういった手口の犯罪はポピュラーで、被害に遭う現地人も少なくないとのこと。つまり、この言葉には「やっと“本当の意味で南アフリカ人”になったね」という意味が込められていたのだ。

日本で同じようなトラブルが起きると、犯人はもとより警察の対応の悪さに怒りの矛先が向かうはずだ。今回事件に遭った当初、私も現地警察が動かないことに苛立っていた。

しかし、日本とは異なり、南アフリカでは警察や市役所などの公共機関のサービスが、民間とは比にならないほど悪い。現地在住のある日本人の方は、空き巣でiPadが数台盗まれたのだが、同じく位置情報をもとに警察に捜査を求めたところ、「そこにはマフィアの拠点があるから近づけない」と言われたほど。

結局、事件から一週間以上が過ぎても警察から連絡が来ることはなかった。南アフリカの警察に期待した私が浅はかだったのだ。こうなると警察への怒りも消え失せてしまい、あたかも最初から車上狙いなんて起きていなかったかのようにいつもの生活に戻る自分がいた。

さらに、失業率が30%を超える南アフリカでは、車上狙いどころか如何なる犯罪に遭っても珍しくはない。

現実に、車で信号待ちをしていると、いたるところで遭遇する物乞いに、日本人である自分がいかに経済的に恵まれているかを感じさせられる。もちろん、凶悪犯罪の発生件数は、日本と桁違いなくらい多い。

こう考えると、車上狙い程度で済んだ自分がラッキーに思えるようになった。犯罪と隣り合わせの環境で生活することがなければ、こういったポジティブ思考(?)を持てるようになる機会は一生訪れなかったと思う。

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