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勝負のカードゲーム

「さあ、一発勝負だ。ホテルの運命はこのカードゲーム一回によって決まる」
 そう宣言したのは立会人のアルフ。青みがかった上着をまとい。茶色の帽子をかぶっている。赤いスカーフを首に巻き、銀色のパイプをくわえながら伏し目がちに腕を組む。そのまま青っぽく汚れた白壁にもたれかかる。そして目の前のテーブルに座っている三者の対決を後ろで静かに眺めていた。

 これは一発勝負。いまこの四人のいる、町中のレトロなブラウンホテルの所有権をめぐっての戦いであった。
 いきさつはこうである。このホテルの所有者はアルフ。だが売却することを決めた。競売方式で募集をかけると、多くのものが手を上げたが、提示した金額が最も高かった三者に絞られる。
 アルフは元々大のカードゲーム好き。特に最もポーカーを愛している。そこで三人にポーカーで勝負してもらい、勝ったものに売却することにした。
 ただし勝負は一度キリ。ポーカーの腕前もさることながら運を引き寄せるかが勝負なのだ。

 そして三名を紹介すると、ひとり目はチャーリー。左側で茶色いジャケットを羽織り、口ひげを蓄えた男。帽子も茶色で統一している。
 実はこのホテルの支配人として現場を取り仕切っていた。ひそかに貯金をしていたのか? アルフがホテルを売るということで真っ先に買取に手を上げた男。少なくとも従業員との意思疎通は完璧だ。だからチャーリーがこの対決に勝利すれば一番まとまりそうである。

 二人目はブルーノ。一番右に座っている青い服を着た男で実業家。だが裏でマフィアと繋がっていると、もっぱらの評判があった。ターゲットを手に入れるためには手段を選ばないところがある。アルフはこの男にホテルの権利が行くことはあまり快く思っていないが、そこはビジネスとして割り切った。だがブルーノはこのホテルよりも、この場所への執着が強い。

 そして最後はコリー。真ん中に座っている白服で黒い帽子の男だ。元々はよそ者であるが、実はある女性から頼まれて手を上げた。その女性キャサリンは資産家の娘。彼女はこのホテルに宿泊客としてよく通っていた。もちろん泊るのはいつもスイートルーム。そのようなこともあって、アルフが売りに出すと聞くと、金に糸目をつけずに手に入れたいと考えていた。

 だがアルフは、金持ち気取りのキャサリンのことは好きではない。ホテルも本音では彼女には手渡したくなかった。
「売るとはいえ、宿泊業のしの字も知らない。素人のお嬢様にこの伝統的なホテルを荒らされたくないものだ」
 だからあえてポーカーで対決させることで、諦めてもらおうと思っていた。実はチャーリーはポーカーの名手。夜になればホテルの地下にあるカジノを取り仕切るもうひとつの顔があるのだ。

「チャーリーなら勝てるだろう。問題はブルーノだな。くだらないイカサマまをしてなければよいが......」
 アルフはパイプを口から外し軽く息を吐く。口ひげを隠すような白い煙。たばこの煙がまた部屋に充満する。禁煙時代ともいえる21世紀とは思えない、時代錯誤な世界がここにはある。だがそんなことはどうでも良い。勝負を前にした三人の表情はいずれも固く険しさが増す。

 こうして静かにゲームがスタートした。親としてシャッフルするのは真ん中のコリン。そしてカードが配られる。一発勝負なのでドロップ(棄権)もなければ、チップの出し合いなどもなし。 
 こうして配られたカードを見つめる三人。カードを眺めながら交換を行っていく。

 そしていよいよひとりずつ手札を公開していく。最初に公開したのはチャーリー。チャーリーは一旦ほかのプレイヤーふたりを一瞥する。そして口元を緩ませ自信に満ちた表情になった。「フォアカードだ」と一言。同時に公開したカードを見ると9と書かれたカードが四つキレイに並んでいた。
 続いてブルーノ。こちらもチャーリー同様にふたりを一瞥する。そして同様に自信あふれる表情を見せた。クッッククク!と、小さく笑い声が聞こえる。そして手札を1枚づつゆっくりと自慢げに公開。
「ロイヤルストレートフラッシュだ」ダイヤのカードがきれいに揃った。   

 ブルーノが勝利を確信した笑いになる。ポーカー最強の組み合わせを見せられてしまった以上、チャーリーもコリンもなすすべがない。

 そして親のコリンが、硬い表情のまま軽く投げるように手札を公開した、「ス、ストレートフラッシュ」クローバーがきれいにそろっているが、しょせん2位。ブルーノの勝利であった。

「フフフフアハハハ!」ブルーノの高笑い。「決まったようですな。アルフさんよ。このブラウンホテルは俺のものだな」

「まちな!」突然大声を出したのはチャーリー。
「ブルーノ流石だな。元マジシャンらしい。だがこうも堂々イカサマやられたんじゃ納得できねえな」

「な、なに? イカサマ。証拠があるか!」ブルーノは自らの過去まで暴かれたので余計に動揺した。
「あんたが、元マジシャンなんてことは、夜な夜なホテルのカジノに来る客からいくらでも情報が入っていた。だから今回の勝負で、仕掛けてきてもおかしくないと、アルフ社長に忠告しておいたのさ」

「それで、忠告通りにイカサマを」コリーもブルーノに視線を送る。
「これを見ろ」チャーリーは立ち上がると、真ん中で山になっている伏せてあったカードをすべて表にする。するとブルーノが公開したダイヤのカードと同じものが混ざっていた。

「なぜ、わかった!」明らかに動揺し、目が左右に泳いでいるブルーノ。対照的にチャーリーは、余裕の笑みを浮かべると。カードを一枚取り出した。そして模様が入っているカードの裏をふたりに見せる。

「このカードの裏の文様の左下には、ブラウンホテルのロゴが入っている。小さいが、よく見るとこの茶色いのがそれだ」

 コリンは慌ててカードを見る。確かに左下をよく見ると小さくホテルのロゴが刻印されていた。
「そしてお前のロイヤルストレートフラッシュのカードの左下には何も入っていない。つまり秘かにカードを入れ替えたということだな」

「ククウックウウウ」ブルーノは立ち上がった。
「おい!」大声で叫ぶと四、五人の屈強な男が現る。手には銃を持っていった。
「荒い真似はしたくなかったが、バレちゃ仕方がねえ。大人しくホテルの権利を手渡さないと、てめえらぶっ殺してやる!」

 チャーリーとコリーは慌てて立ち上がり、体を震わせながら両手を上げ、アルフの前まで後退した。だがアルフは目をゆっくり見開くと。右指を鳴らす。
 すると突然隠れていた男が十人ほど現れた。彼らも銃を持っている。アルフ、チャーリー、コリーの前にもその男が三人立ちふさがり、防御の構え。別の男たちは、ブルーノが用意した屈強な男たちに銃口をさしむけた。特にブルーノには背中とテーブルの下から胸元の2か所に銃口が向いている。

「アルフ、き、貴様!」
「ブルーノよ。お前さんならやりかねないと思って、あらかじめ用意していたさ。まあ手荒な真似をすると、お前が最初に消えちまうだろうな。ハッハハハハ!」

「く、クソ。仕方があるじまい。おい帰るぞ!」ブルーノはおとなしく男たちと部屋を後にした。念のためアルフ側の男たちが銃口を突きつけたまま出口まで送っていく。

「さ、イカサマ野郎は消えたな。さて勝負のほうはコリーの勝ちだな」アルフは不満げにそう言い放った。コリーは嬉しそうに白い歯を見せた。
「コリー、頼みがある」ここでチャーリーが声をかける。「なんだ」「俺や従業員をそのまま雇ってくれないか?」
 コリーの顔が真顔に戻る。

「アルフ社長がブラウンホテル売却すると聞き、俺たちの職場が奪われないかと従業員たちが慌てだした。そこで俺が名乗りを上げる。買い取りを宣言することで動揺が抑えられると思った。だがそれにしても俺ひとりで買い取るのは無理。誰かスポンサーや出資者を募るつもりでいた。
 キャサリンは我がホテルの常連客。俺たちはみんな彼女を知っている。だからキャサリンがオーナーになったとて、俺たちが今まで通り働けりゃ不満はない」
 チャーリーの訴えるような声に、コリンは何度もうなづく。

「なるほど、もちろんだ。キャサリンも俺もホテルは素人。チャーリーが嫌でなければ、そのまま支配人として働くことでよいだろう。俺のほうからキャサリンに伝えておく」
「フウフウフッフフ。どうやら丸く収まったようだ」アルフはそうつぶやきながらパイプから煙を吹かした。

 こうしてブラウンホテルは、コリー経由でキャサリンのものとなった。ホテルそのものの体制。つまりチャーリー支配人以下従業員に変化がなく、オーナーが変わっても同一レベルのサービスが提供された。

ーーーー

「あら、コリー! ひとりで真剣な表情をして何しているの?」
 コリーは我に返った。クルーズ船の客室に入ってきたのはキャサリン。

「ああ、キャサリンか。ちょうどイメージトレーニングをしていたんだ。勝負に勝つために。ちょうど良い絵がかけられていた」キャサリンは耳にかかった金髪を書き上げながら、部屋に飾られていた絵を眺める。
「ポール・セザンヌの絵ね。まさかこんなところにあるなんて。これ美術館が所有するほど価値のある絵なのに」

「まあどうせ、レプリカだろう。だがこれのおかげで、この勝負、勝てる自信がついたよ」「絵を見るだけで! 流石コリー。期待しているわ」キャサリンの口元が緩む。
「キャサリン待っておけ。この勝負に必ず勝つ。そしてアルフから買い取ったブラウンホテルとこのクルーズ船の所有者になったら、そのまま君にプレゼントしよう。そしたらわかってるな」
「もちろん。プロポーズのことね」 キャサリンは嬉しそうにコリーを見つめる。

「あ、そろそろ時間よ!」「よし、ちょうど良い。僕の脳内イメージ通り引き寄せてやる。一発勝負のポーカーだ。万一ブルーノがイカサマをしてきても、必ず見抜いてやる。

 こうしてコリーは立ち上がった。白い服を羽織り黒い帽子をかぶって部屋を出て廊下を歩く。この奥には船内にあるカジノフロアがある。そしてその一室だけ今回特別に用意されたポーカーの現場に、満を持して向かうのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 444/1000

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