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アストラルからのメッセージ

「俺、本当は旅行とグルメライターなのに、今年は渡航もできないから旅系の仕事が激減だ。それにしても温泉専門の西岡は、取材の仕事取れているようだなあ。ちっ、俺には回ってこない」
 村西啓太はそうつぶやきながらパソコンの前で待っていた。
「それにしてもこんな仕事をすることになるとは。まあいいや、オンラインのインタビューも、経験を積めばこれからのスキルになるわな」

 この仕事はある人物へのインタビューをするもの。オンラインでやり取りすることになっていた。オンラインのインタビューは、村西にとって初めてのこと。「取材対象が、随筆家で詩人のヤマさんか。でもこの人知らないけど。というより詩人なんて興味ないからな。ていうか『随筆ってなんだ?』ってレベルだし。それにしても検索してもこの人のこと、個人情報が全く出ていないや。一体どんな人なんだろう」

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 村西はパソコンから、インタビューの準備を始める。やがてZoomが起動。相手の居場所が映る。しかし思っていたのとは違う。映ったものの、背景は灰色で何も見えない。どこかのスタジオだろうか? 椅子に座っているようだが、黒いシルエットだけが見える。しかしそれもあいまいで、はっきり映し出されない。

「こんにちわ。インタビューをさせていただきます村西です。よろしくお願いします」「ヤマと申します。今日はよろしくお願いします」そこから聞こえる声は人の肉声ではない。機械的で高音に変換されたような音がする。そのため、相手の表情はもちろん。年齢も性別すらもわからない。
 あたかもドキュメンタリー番組などに登場する匿名の人が、音声を変えて何かの証言をしているかのよう。

「こんなのがオンラインインタビュー?」村西は思っていたのと違って戸惑ったが、初めての仕事だからそんなものだと思って続ける。
「ところで、ヤマさんはなぜ姿をそこまで隠すのですか?」といきなり、タブーに切り込んでみた。村西は今までの取材でも相手が答えにくそうな質問をあえてぶつけ、相手の反応をうかがいながら本音を引き出すのを得意としている。
「あ、いわゆる個人情報的なものは、できるだけ出したくないからです」とそっけない返事。
「ああ、わかります。それにしても本当に性別も年齢もわからないですね」「素性がわかると、それを基準で見られるのが苦手だということなんです」「なるほど。つまり外見で判断されたくないと」手探りでヒントをつかもうとする村西。

「外見も含め、単純にあまり人に個人的なことをさらけ出したくないからです」「そうですか。わかりました」と、これ以上追及しても無駄だとわかった村西は、本題の詩と随筆の話に切り替えることにした。だがその前にヤマから語りかけてくる。
「私はアストラルなメッセージが主にネット上で出来ると信じています」
「え!アストラル?」聞きなれないキーワードが飛んできて、一瞬戸惑う村西は、思わず顔を天井に向ける。なおも話し続けるヤマ。

「アストラルというか霊的なものと言いましょうか?これは主に感情と欲望を司どるものです」
「はあ、ヤマさんそれちょっと難しいです。霊的なものとか、急に言われても」

「つまり、いま私は貴方には見えないようになっていますが、ネットの世界も同じではないでしょうか?」
「ようするに、そのネットの世界はそういう精神世界に近いものだとおっしゃりたいわけですね」
「そういうことです」
「それで大事なのは、肉体を帯びていないことです。それは感情が直接的にぶつかります。顔の表情も声の違いも判らない。それ以外のメッセージで相手の感情を読みとるしか方法がありません」
「ネットのやり取りが感情的になりやすい。確かにそれはありますね、ちょっとした言葉のやり取りで突然不快になる。そしたら不毛な議論とか、相手の人格攻撃につながることとか」
「そうです。恐らくはこれがアストラルの世界なのです」

「あ、アストラル。わ、わかりました。本題に行きますね」
 どんどん予想とは別にヤマが理解の難しい持論を語り出すので、慌てて話をさえぎる村西。内心苛立ちも募ってきはじめていた。

「それで詩人としてのですね、きっかけの様なものはあるのですか?」「詩のひとことについても、またアストラルのメッセージかと」
「え、またアストラル。いやそれは横に置きましょうよ」
「いいえ、大事なことです。詩にあるのは言葉だけ」「はあ」
「もし、歌い手がいて、その詩を歌えばおそらくは違ってきます。だが私の詩にはメロディーは不要。ただ文字、メッセージだけが伝わります。そこに広がる世界。これには、人としての肉体それで読み取るようなこともなく、むしろ不要。どうでも良いのです。だから精神的なもの、つまりアストラル界からのメッセージ。そのように私は考えています。

 村西は表情を変えない、でも内心「こりゃとんでもない相手だ」と、考えながら相手にわからないよう、顔を下に向ける。そして顔をしかめながら小さくに口を開けてため息をつく。2・3秒後に顔を開けたときには作り笑顔。

「で、でわですね。随筆について。教えていただけますでしょうか?」「同じことですよ」「え?またそのアストラル」「そうです」「随筆とは私の心の中からのメッセージを発信しているものです。だから私の肉体から伝わる情報は関係がない。精神的な情報として発せられているということです」
 村西は苛立ちが頂点に達しだす。ついに顔の表情にも出始めた。

「はいはい。わわかりました。では、将来の夢をお聞かせ願えないでしょうか?」「それも同じ」「いえ、そのお、アストラル以外でお願いします!」
すると、ヤマは黙ったまま微動だにしない。何も聞こえなくなった。「あれ、通信が止まった?」

「止まっていません」ヤマからの声が聞こえた。「あ、考えておられたのですか」「いえ、将来の夢は今の通り」「は?」
「私は音声を使わずに、そちらにメッセージを送りました」「音声を使わずに!」村西は持っていたペンを画面に向けて投げたくなるのを抑えるのに必死だ。
「そう、心の中からのメッセージ。将来の夢は音声も文字も使うことなく心から直接相手の心。つまりアストラルからのメッセージをダイレクトに行うことです。伝わりませんでしたか?」「はい!伝わりません!!だから音声でお願いできますか?」村西はついにヤマを殴りたい衝動に駆られてきた。

「わかりました。まだ修行が足りないということ。では失礼」
「え、ちょとと」村西が止める間もなく、一方的に通信を止めてしまったヤマ。村西は何度か応答しないか試したが、以降は一切の通信がつながらない。結局そのままインタビューは終わった。

「一体、何。これ?え?おかしいよね。不思議な人。アストラル、アストラルって俺にはほとんどわからない世界。あーあ、変な仕事受けちゃったよ。さて、これどうやってまとめよう」と、まだ頭の中が混乱している村西。急速に疲労がたまり睡魔に襲われた。

ーーー

「私はヤマです」「え?」「先ほどインタビューを受けたもの」
「あ、どうもこんなところで」といっても目の前は真っ暗。インタビューのとき同様、相手の個人情報がわからずじまい。
「先ほどは一方的に通信を切ってしまい申し訳なかった。ここは肉体の影響を及ぼさない、アストラルの世界です」「え?アストラル。もうその話やめましょうよ」村西にとっては本当に聞きたくもないキーワード。
「わかりました。そうだ。メッセージを音声で伝えてほしいといわれていましたね」「あ、そ、そうです。よろしくお願いします」
「ではお伝えします。本日は何の日」「え?何の日ですか。えっと」しかしヤマは、それには答えない。ただ延々と「何の日 何の日 何の日 何の日... ...」と同じキーワードを繰り返す。「わかりました。もういいです」と止めようとする。しかし同じ言葉を延々と繰り返す。すると村西はどんどん息苦しさを覚えた。
「く、苦しるしい」口が思うように動かない。「や、やめてくれ!おい、やめろ!!」と、声のしない叫び声。

 夢だった。
「ふう、いやなものを見た。アストラルって夢の世界なのかなあ?」まだ不快な余韻が残る村西は時計を見る。「6時か、いつもより少し早いけどそろそろ起きようか。ん?今日は何日だっけ」日付を確認すると9月15日。「何の日っていうのが、延々と続いたな。今日って何の日なんだ」
 村西が記念日を確認した。「ん?大阪寿司の日。あ!」その瞬間、村西の顔色が変わった。実は昨日のオンラインインタビューとは別に、都内にある大阪寿司を探して紹介する執筆の仕事を受けていたのだ。そしてその原稿の納期が今日だったことを。

 慌ててパソコンの電源を入れる村西であった。


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