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ANAGO  第529話・7.5

「これがチンアナゴね。うわぁ可愛い!」「おいおい、今日は仕事で来てるんだぞ。ちょっとはしゃぎすぎだ」
 と注意したのはグルメ雑誌の編集長・茨城。この日は編集員の古川マリコとふたりで、水族館に新しくオープンするレストランの取材にやってきた。

「さて、そろそろ行こうか」チンアナゴを楽しそうに眺めている古川を急かしながら角刈りの茨城は先に歩いた。
「それにしてもウナギやアナゴの仲間ばかり集めるとは、変わったところだなあ。お前よくこんな所見つけたな」「え、ええ。本当に面白いですよね」
 古川は少し戸惑い気味に答える。ふたりが来ている水族館は普通の所とは少し違う。
 ここはウナギ目を中心に、ウナギやアナゴの仲間ばかり集めている。体が蛇のように長いものを集めたとかで、デンキウナギやヤツメウナギのように本来ウナギやアナゴの仲間とは違うものも飼育展示していた。

「おお、ここだな」茨城はオープンを3日後に控えた館内レストラン『あなごうなぎ』の前に来る。中に入ると、水族館の館長である穴山が待ち構えていた。
「あ、穴山館長。本日はよろしくお願いします。ここでは展示しているだけでなく料理としてウナギやアナゴが味わえると聞きました」
 代表して茨城が挨拶をする。
「はい、ご存じの通り、ウナギやアナゴにはいろんな種類があって、できるだけそれを飼育展示していますが、いくつかのモノは食用として食べられます」背が高いが痩せているため、アナゴのようにひょろっとした風貌の穴山は、そう言って饒舌に語る。

「だから、食べられるアナゴやウナギを始め、ハモやウツボなど、できるだけこの系統の食材を使ったレストランをオープンし、見るだけでなく食べる楽しみを提供しようと考えました。もちろん優秀な板前を雇いましたので味にも自信があります。今から出しますので、ぜひ看板メニューの試食を」

 そこまで言うと穴山は、合図をする。奥から次々と料理が運ばれてきた。ウナギのかば焼きや煮穴子、どじょうの柳川鍋といった定番物からウツボやハモ、カワヤツメ(ヤツメウナギ)のような珍しいもの。さらにはジャンオと呼ばれる、韓国で食べられる料理まで登場した。

 茨城と古川は撮影をしながら、穴山の話を聞きメモを取る。そして料理を実際に試食していった。
「そして、こちらが一押し。当店ではレアとされるアナゴの刺身を出します」とそれまでと違い、ここで穴山は大きく胸を張った。
「アナゴの刺身。これは珍しい」茨城の目が見開く。

 そして穴子の刺身が運ばれてきた。円い器に氷が敷き詰められていて、白っぽい生の身が並んでいる。そしてレモンと口を開いた穴子の頭が乗っていた。
「ぜひ、お召し上がりください」ふたりは食べる。口に含めば、弾力がしっかりとして噛み応えのある身。そして滲み出るように甘みがほんのりと湧き出て、うま味が湧きたっていく。
「ほう、これは珍しいだけでなく、美味い。これは非常に強力なウリですね」茨城は嬉しそう。古川も思わず笑顔がにじみ出た。
 それを見た穴山は何度も嬉しそうにうなづく。「お気に召されたようで幸いです。今回幸いなことに、一流の板前と出会えました。彼は専門店で修業をしており、穴子やウナギの扱いに慣れています。そして毒の元ともいわれている穴子のヌメリや血をしっかり抜いていますので、普通に召し上がっていただいて安全です」
 穴山が自慢げに語る。その横で、古川は何度もうなづきながら、しっかりとメモを取った。

ーーーー

「ありがとうございます。では、こちらの取材の記事は、来月号でトップのカラーページに記載します。ご期待ください」無事に取材が終わった茨城は席を立とうとしたそのとき。
「おい邪魔するぜ!」と突然声からしてガラの悪い男が数人、下品に足音を立てながら店内に入ってきた。
「おい、お前本当に払えるんだろうな。逃げんじゃねえぞ!」と、入ってくるなり、怒鳴り声をあげる。

「なんだ? まだ店オープンしてないのに」意外な珍客に戸惑う茨城。思わず古川と目を合わせる。
 その状況に慌てたのは穴山。「ああ、陳さん、今取材中なので。お話は後ほど」と米つきバッタのように何度も頭を下げて、引きさがってもらうような姿勢。だが陳と呼ばれた男は逆上した。
「はあ? てめえがここの家賃滞納しているのが悪いんじゃねえかよ!」陳と呼ばれた男の語気が強い。
「僕らはね。ここの地主さんからおめえが本当に3か月後にたまった家賃を、しっかりと払えるかどうか監視してと頼まれてんだよ。ハア、何が取材だ? ずいぶんと余裕だね。そんな暇があったらとっとと店を開けて少しでも金を稼げってんだ。わかったか!」
 そういうと陳たちは風を切るような歩き方をしてすぐに店を後にした。

「あ、あのう、あの人たちは」
 茨城の質問に戸惑いを隠せない穴山。
「す、すみません。大変お恥ずかしいところを。実はこのレストランの取材をお願いしたのは、起死回生を狙ってのことでした」
「起死回生、家賃のことですね」しばらく黙っていた古川が口を開く。

「長年、このウナギ目専門の水族館をやっていましたが、なかなか集客が伸びず、例年赤字続き。今年に入ってから家賃の支払いも厳しくなりました。 
 そしておいしい料理を出すレストランを作って、多くの人に来てもらおうと考えたのです」
 顔を伏し目がちにした穴山。言いずらそうに小声になる。

ーーーーー

 取材の日から半月後「編集長原稿できました。チェックお願いします」とは古川からのメッセージ。添付ファイルにはこの前のうなぎ水族館の原稿が入っていた。茨城は確認する。ところがある内容が気になり、すぐに古川を呼んだ。

「はい、お呼びでしょうか」「この前の原稿。取材内容の記事については問題がない。見事にあそこの特徴を捉えていると思う。だがこのクラウドファンディングというのは?」
 ここで大きく深呼吸をした古川。そして「実は、あそこは私が見つけてきましたが、あの穴山さんとは、以前からの知り合いだったのです」
「うん、それで」無表情に相槌を打つ茨城。「で、資金繰りに困っておられて、あのときの陳でしたっけ。ああいうのに取り立てを受けて困っていると。だから取材をしたのですが、あの後のやり取りで、私から資金を集めるためにクラウドファンディングの提案をしたら乗ってくれて」

「それで、記事に」茨城は目をつぶって腕を組む。「そんな勝手なことしちゃだめだよ。ったく」「でも、あそこにもう一度チャンスを。クラウドファンディングに参加したら、無料で年間会員になれるとかいろいろやったらいけるかと」
 いつの間にか古川は私情に訴える。またも目をつぶる茨城。数秒間の沈黙が流れて目を開ける。
「本当は、こんなことは良くない。だがまあ、あそこの穴子の刺身は良かった。確かに珍しさもあるし、今後が楽しみなところがある。3か月でつぶれてほしくないからな。わかったそれで行こう。責任は俺がとる」

 こうして古川の提案である、クラウドファンディングの募集文言も加えられた上で、雑誌が発売された。

ーーーーー
 そして、3か月。穴山から来たメッセージは喜びに満ちていた。あの取材で雑誌に載ってからレストランに多くの人が来て店に行列ができるほど繁盛したという。そして水族館の売り上げ、集客増にもつながった。
 その結果、たまっていた家賃の支払いもできるようになり、脅してきた陳の姿も現れなくなったという。


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シリーズ 日々掌編短編小説 529/1000

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