哲学の日に歩く道 第825話・4.28

「これからが哲学の道ね」休日の今日はひとりで歩く。ここは京都にある哲学の道だ。紅葉で有名な永観堂の北側、熊野若王子神社に向かう途中に、哲学の道の南端があり、それが小径となって銀閣寺方向を目指して北に延びている。
「昔多くの哲学者が歩いたから哲学の道ね。さてと、せっかくだから今から哲学者のまねごとをしてみよう」そう思うと、小径を歩きながら物思いにふける。

「それにしても哲学って小難しいね。ソクラテス、プラトン、アリストテレスか」実際のところ哲学と言っても哲学の「て」の字も知らないから。それらしいものとして古代の哲学者の名前をつぶやいてみた。
 つぶやいたところで彼らが具体的にどんな功績を果たしたのかまでは、よくわかっていない。
 ただ小難しいキーワードを並べただけでも不思議と哲学をしているような気がした。

 確かに哲学の道は、考え事をするのにはぴったりの小径。琵琶湖疎水の小さな水路を横で見ながらの散歩道は車の音もなく静かなひととき。季節を感じる草花に覆われている。
「あど、誰がいたっけ、哲学者、えっと」古代の3人のほかに有名な哲学者にどんな人がいたのかと、頭をひねる。この3人はすぐに出てきたのに、次が出てこないから、ついつい小難しい顔になった。

 ちなみに哲学の道は有名だから歩いていると、何人もの人にすれ違う。ときには急いでいるのか、小走りに後ろから抜き去る人もいる。
 腕を組み考えながら小難しい顔をしてゆっくりと歩いているから、すれ違っている人や追い抜く人からしたら、本物の哲学者のように、哲学の世界にのめりこんでいるように見えるのかもしれない。

「あ、えっと、デカルト、カント、それからニーチェ。よしよし、出てきたよ。哲学者の名前が」ここで突然なぜ彼らの名前が出てきたのか。それは運よく昨日、大型の本屋に行ったからだ。
 実は大型の本屋に来ると特に買いたい本もないのに、いろんなコーナーを見回るのが楽しみのひとつだったりする。

 いろいろある中で、哲学のコーナーがある。その中に、今登場した哲学者の名前が書かれていた場所があった。つまり彼らの著作や関連本がまとめておいてある。だけどそんな著作物も見ずに、その上に書いていある哲学者の名前だけを眺めていたから、ここぞというときに名前が出てきたのだ。
「名前は出てきたけど、やっぱり知らないんだな。なにした人だろう?」
 どんなことを発表したとか、功績を持っていることはもちろん。そもそも彼らの生涯も出身地もわかっていない。
「ただ西洋の外国人ということだけは間違いない」その程度の知識。にもかかわらず哲学を語るとは...…。

 歩いていると顔に伝わってきた優しいそよかぜ。
「うーん、ちょっと休憩しよう」考え事をしたためか、頭が無性に疲れている。だからここで休憩をした。休憩をしたといっても歩くのをやめてどこかに腰かけようというのではなく、頭の中で考え事をするのをやめようということだ。
 だから足はゆっくりと前に進んでいる。ただ頭の中は、哲学者の名前を考えることをやめて、周りの風景を静かに楽しんだ。

 今日は天気が良い、青空が広がり、マシュマロのような雲がいくつか浮かんでいる。また新緑の木々の隙間から太陽がのぞかせていて、ときおり光が顔を指す。その光の一部は疎水の川を反射させ、そこだけが金色に光り輝いている。人の往来が多いからあまりわからないが、たまに誰も歩かなくなると、鳥のさえずる声のようなものが聞こえてきた。
「やっぱり難しいこと考えるのをやめよう」結局それ以降は余計なことを考えない。ただ琵琶湖疎水沿いに続く哲学の道を心地よく、北に向かって歩いていた。

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 哲学の道をそのままいちばん北側、銀閣寺の近くまで歩くと、そこで待っていたのはふたりの姿。夫とベビーカーに乗っている小さな子供だ。

「あ、圭さんお待たせ!」こうしてふたりにに駆け寄ると「もう、ホアちゃん遅いよ。待ち合わせ時間よりも20分遅れている!」
 夫の圭に頭を何度も下げた後、子供の幸越の乗ったベビーカーを受け取るホア。「でも、ホアちゃん。今日は俺が休みの日だからいいけど、幸越を置いてひとりで出かけるし。それになんでこんなところで待ち合わせって、考えたの。ここって」「哲学の道。今日は哲学の日だから哲学者の気持ちになりたかったんだ」
 と満面の笑顔を見せるホア。しかしそれを見た圭は呆れた表情になる。「あの、ホアちゃん、哲学の日って、4月27日だよ。あれ昨日。今日は28日だよ」
「え!なんで!!」と瞬時に目が見開いて、真顔になったホアであった。



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