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パイはπ 第780話・3.14

「なんだよこれ、何かの暗号か?」高校生の尾道拓海は、目の前の紙に記された並んだ数字の羅列を見て腕を組む。「ちょっと違うわ。ヒントは左上よ」そう言って笑いをかみ殺しているのは、幼馴染で現在交際中の今治美羽。
 今日拓海は、美羽に家に呼び出されていたので遊びに来ていた。それでいきなり暗号のような紙を見せられたのだ。
「左上、うん?3だけが飛び出ていているな」「3の隣とその下を見て」

 美羽に促されるように拓海は見る。「3. えっと、14159 うーんどこかで聞いたことが...…。あ、わかった円周率だ」
「正解!」美羽の笑顔。「なんだよこれ。円周率って確か延々と続くやつだよな」
「そうよ、延々と続くものだから最後まではいかないようね。最新の情報だと62兆桁がギネス記録ってらしいわね」

「62兆桁!」拓海は思わず目が見開いたが、そのあと急に顔がにやけ気味。「で、でもこれって、確かに数字の羅列だけど、62兆もないよな」
「え、どういう事?」「つまり円周率と言ってもこいつは中途半端だということだ」
「ええ?ちょっと、拓海君、いったい何が言いたいの!」途端に美羽が不機嫌になる。「だってそうだろう。この紙は何桁か知らないけど、どう考えても62兆桁はないな。「う、うん、それは...…でもどのくらいあるのかしらね」

 美羽は髪を手元に置くと真顔になり数え始める。「うーんと、このひと固まりが10桁のようね。それが1,2,3と、あ、10あるから1行が100桁見たい」
「1行で100桁もあるのか、ということは...…」拓海は数字の行数を数える。20桁以上は確実にあるな。俺の感では30から40あるとみた」
「30から40って数えて無いの?」「ほら、紙の関係だろうかな。数字が途中で切れているんだ。それにこれって、すごく細かいシワがひどくないか。もっときれいなのなかったのか?」「それは、ごめん」

「いいよ。だから、ちゃんとした数なんてカウントできないってこと」
 得意げな拓海の表情。そんな拓海の適当さにちょっと不満そうな美羽である。だがいつものことで慣れていた。
「つまり3000から4000くらいのπ(パイ)ということね」「なんだよ急に『パイ』って、これ円周率だろ」
「拓海君、円周率のことπっていうのまさか知らないの?」「い、いや、違う、それくらいわかるって。えっとπってギリシア文字だろ。だけどいきなりパイって言われても、何のことかわからなかっただけだ」拓海は美羽に突っ込まれたので少し狼狽した。実際違う高校に通っているが明らかに美羽の方が成績の高い高校で、頭も良いからだ。

「ねえ、拓海君、話変わるけど今日って何の日か知っている?」急に美羽がうれしそうな表情になる。「え、今日って3月14日だな。...…あっそういうこと!」拓海はすぐにひらめいた。
「円周率の日だろう。3月14日の語呂合わせ。それでこんな暗号みたいな数字の紙を俺の前に出してきたんだな」「い、いや、その、そうじゃなくてさ」「違うのか?」
「もう!」急に美羽は顔を赤らめると、立ち上がってキッチンの方に向かった。

「え、俺、なんか変なこと言った?」拓海は美羽を不機嫌にさせたのかと思い少し心配になる。「おい、美羽、何のこと変わらないけど、そんなに怒るなよ!」心配になり拓海は立ち上がるが、ちょうど美羽がキッチンから戻ってきた。


「はいこれ、今日はホワイトデーだからその贈り物よ!」と美羽が持ってきたのはホワイトチョコレートのパイ。
「あ、え、これ、おお、そうか。ありがとう!」拓海は途端に満面の笑顔になり、思わず美羽の手を握った。すると美羽はまた顔を赤らめる。
「よし、早速食べよう」ふたりは座ってさっそくホワイトチョコレートのパイを食べる。「うん、これはうまいな」
「そうなんだ。じゃあ私も食べよう。ホント、おいしい!」ふたりは満足そうに食べ続け、あっという間にパイをすべて食べてしまった。

「これはおいしかった」満足そうな拓海。「もしかして美羽、お前これ作ったのか!」「え?」
「いやいいんだ。ずいぶんスイーツ作りの腕を上げたなって。うん、今日は本当は別の予定があったが、やっぱりお前の家に遊びに来てよかった」と拓海。「そ、あ、ありがとう」と美羽はやや作った笑顔になる。

 実は心の中では嘘をついたと、気分が少し苦しくなった。何しろそのホワイトチョコレートのパイは市販品で、円周率の羅列が描かれていた紙は、そのパイに包まれていたパッケージだったからなのだ。

 ところでふたりは根本的なところを間違えていたようだ。ホワイトデーは本来男性が女性にバレンタインデーのお返しとして渡すもの。だがそのことに、美羽も拓海も気づいていなかった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 780/1000

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