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月面に着陸 第908話・7.20

「そうだ月面着陸をやってみようかな」天然の芝生が広がる小高い丘の広場で寝そべっていた小学生のめぐみは、突然思いついたように呟くと起き上がる。
 ただ月面着陸と言っても芝生の下にあるお店の名前が月面という名前なので、ジャンプして降りたらそうなるというだけであった。
「ねえ、めぐみ。そこ飛び降りるの?ちょっと危なくない」心配そうにめぐみに近づいてきたのは、友達の沙耶。

 芝生のあるところから月面という店までの落差は1メートルくらい。降りられなくはないが、下手したら怪我をしかねない微妙な高さだ。だが女の子なのに、わんぱくで気の強いめぐみは、沙耶の心配をよそに立ち上がる。そのあとゆっくりと歩きながら崖の前に近づく。
「平気平気、私ジャンプしてみる。沙耶ちゃんは先に下に降りて!」めぐみがそういうが、沙耶はなおも心配そう。だけど、めぐみがやると言ったら絶対にあきらめないことを知っていた。だから沙耶はおとなしく芝生の横についている階段から下に降りる。
 芝生の崖の1メートルほど下はアスファルトの道となっていた。道の目の前に「月面」という名前の店がある。

 めぐみは崖のすぐ目の前に立った。後はジャンプするだけ。めぐみは一瞬下を見る。このときめぐみは少し震えた。めぐみはすでに身長は110cm以上はあるので、崖の高さよりも身長が高い。とはいえやはり下を見てしまうと、途端にめぐみの体に「恐怖」の二文字が襲い掛かった。思わずめぐみは身震いをする。また緊張してきたのか、心臓からの鼓動が耳元でなり始めた。

「今さらやめたなんて言えないわ」心の中でつぶやいためぐみは、大きく深呼吸。深呼吸をすれば緊張はほぐれるようなことを父親から口癖のようにいつも聞いている。
 めぐみは目をつぶり大きく鼻から息を吸った。そのまま最大限に膨らんだ横隔膜の状態で息を止め空気を貯めていると、緊張や恐怖が不思議と和らいでいく。そして再び鼻から息を吐いた。膨らんでいた横隔膜が途端にしぼんでいる。もう恐怖も緊張もない。恵は上を見た。青空と綿菓子のように浮かんでいる白い雲。また耳元からは暑さを助長するようなセミのが必死で鳴く声が聞こえる。
「行くよ!」ありったけの大声を出しためぐみは、そのままジャンプ!

「めぐみ、大丈夫?」そばで見ていた沙耶は、めぐみが着地すると心配そうにめぐみに近づいた。めぐみは無事に両足で着地。だがやはり今まで試したことのない高低差である。足への衝撃も想像以上にあるし、やはり着地までの間のわずかな時間、今まで体験したことない不思議な状況に心の中で動揺した。
 めぐみはしばらくうつむいていたが、ようやく顔を上げると。「やったぁ!月面着陸だ」と笑顔になる。それを見て沙耶も笑顔になった。

 さてふたりの目の前にあるお店「月面」は昔ながらの駄菓子店で、子供向けのおもちゃやおやつが置いてある。そもそもふたりがいる公園は、春の桜、秋の紅葉が有名な場所。季節になれば花見客や紅葉狩りに来る人たちでにぎわう。そういう時には月面の前に椅子が並び、茶店のようなメニューも出してくる。

 だけど今は夏で何もない。公園も閑古鳥が鳴いているかのように人の姿はほとんどなかった。だから夏休みを迎えたばかりの小学生ふたりを、暇そうな店の主は相手をしてくれる。とにかく月が好きだという店の主の口癖は「死ぬまでに月の上に立ってみたい」であった。
「月の上はそんなに簡単に行けないの?」この日は達成感で気持ちが良くなっていためぐみは、思い切って店の主に質問してみる。
 坊主頭でいつも赤い帽子を被っている、店の主は何度もうなづきながら、自分の月への想いを小学生でもわかる言葉で語りだす。店の主の暑い語りを聞いていると、めぐみもいつか月の上に行ってみたくなった。一方の沙耶の方は、最初はめぐみ同様に真剣に話を聞いていたが、途中から飽きたのか大あくび。

ーーーーーーーー

「あれから20年ね」めぐみは宇宙飛行士になっている。そして登場している宇宙船で向かっているのは月。月面の探査メンバーとしてまもなく月面に到着しようとしている。あのときの「月面」の店主に代わって夢を果たそうとしていた。

「もし子供のときに近くに月面というお店がなければ、私の人生は全然違うものになっていたでしょうね」探査機の窓からは暗闇が広がっていたが、その下の方に大きく見える月面。恵は月面をゆっくりとなぞるように眺めながら、頭の中ではは小学生のころの思い出に浸っていた。緑の芝生から飛び降りた勇気ある行動。あれから自信がついたような気がする。めぐみは月面の店主の話を聞いて、本気で月に行きたくなった。だから必死に勉強をし、国立の大学や大学院まで出て宇宙関連の研究者となる。

 さらに宇宙飛行士に応募し、見事に宇宙飛行士へとなって夢を果たす。こうして地球を飛び出した探査機が、いよいよ夢の最終目標に迫っている。順調にいけばあと30分後に、本当の月面に着陸しようとしているのだ。

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シリーズ 日々掌編短編小説 908/1000

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