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宇佐神宮から奥宮大元へ 第844話・5.17

「先生、ちょっと頭が痛いですね」歴史研究家の八雲の秘書兼パートナーの出口は、頭を抱えながら辛そうにしている。
「だから、言っただろう。飲み過ぎだなあれは。今日は大事な大分の宇佐神宮への参拝日だというのに、応神天皇を八幡大神として祀っている全国に11万あると言われている八幡宮の総本山だぞ。そんな状況では八百万の神々に失礼だな」

 そういって、八雲は呆れながら宇佐神宮の上宮の拝殿に向かう。時刻はまだ朝の早い時間。そのためか前の日に飲んだ出口の表情が重い。出口は酒が強い方だが、このとき酔いはまだ残っていたようだ。
「先生、ちょっと頭が痛いだけですよ。ちゃんと資料はチェック済みですから」出口は昨日プライベートで飲んでいたときとは全く違う、いつもの秘書に徹していた。

「九州にある宇佐神宮は卑弥呼の墓伝説など、本当に謎と神秘に包まれたところだな」境内を歩きながらつぶやく八雲。
「ええ、有名なのが奈良時代後期の宇佐八幡宮神託事件ですね」出口はいまだ頭を押さえつつ少し険しい顔をしつつも、事前に調べた資料を前に的確にその場で語る。

「うん、まあ、あれは弓削道鏡が孝謙上皇に気に入れられて、一気に出世した。藤原仲麻呂のような実力者が乱を起こして自滅した後、彼によって擁立された淳仁天皇を廃位するといった流れがあったからな。ところが上皇が再び称徳天皇となり、後継者を道鏡にしようと宇佐八幡宮を利用したのが問題だった」
「ですね。本当にこの神社に、あのような神託があったかどうか」
 出口の問いに八雲は大きくうなづいた。

「太政大臣、さらには法王にまで出世したとはいえ、道鏡は天皇家の血を引いていなかったからな。遥か過去にさかのぼれば、もしかしたらかもしれないが、記録にないほど遠いのであれば論外。もし本当に道鏡が即位したら、日本の皇室はその時点で終わっていただろうな。
少なくとも当時の宇佐八幡にそのような神託があろうがなかろうとも、その野望を排除するには、十分すぎるほどの権威があったというわけじゃ」
 八雲はそこまで一気に言い切ると、拝殿の前に立つ。出口も続き八幡宮上宮を参拝した。このあと同じ境内にある下宮も参拝。宇佐神宮だけならこれで終わりのはずであった。


「さて、出口君行くぞ。宇佐神宮奥宮の大元神社に」「は、はい」出口はすぐに答えたが内心不安になる。今回は宇佐神宮の奥宮で、神宮から南方にある御許山(おもとさん)の9合目にある大元神社に行くことになっていた。またその位置は国東半島の付け根でもある。
 不安そうな出口に八雲はすぐに突っ込みを入れた。「だから言ったな。昨日あんなに飲んだから心配だったんじゃ。第二神殿に祀られている「比売大神」の原姿と言われている三女神の御神体が御許山だ。標高620メートル付近にある神社への道は登山道になるが、出口君大丈夫か?」
「い、行けます。先生、登山で汗を書けばこの痛いのも収まるでしょう」と、出口は強気に即答。

 こうして宇佐八幡宮から大元神社までの道のりが始まった。途中で大尾神社(おおじんじゃ)に立ち寄ると、そこから本格的な山道を歩いていく。「おもと古道」という道であった。「先生、この道は21世紀に復活した道ですね」「うん、さすがは出口君良く調べているな。そう6キロほどの道のりだが、それまでのルートであった、東の西屋敷や西の正覚寺方向ではなく、この正面から行けるのが良いな」
 八雲はそう言いながら山を登る。ちなみに神社に向かう時の八雲と出口はオフシャルな格好をするためスーツ姿。今回もいつも同様そのようなな格好をしていた。にもかかわらず気にせず山を登っているのだ。

「先生、山登りならそれなりの服装の方が」「出口君らしくないな。それは神々に対して失礼だと思うがな」と八雲のこだわり。出口ももちろん従った。幸いに道は途中で林道となっているためそこまで歩きにくいわけではない。
 しかし、途中からは山道になっており、坂も険しい。「それにしても歩きにくいですね」思わず愚痴をこぼす出口。「あまりここまで歩く人もおらんのじゃろう」八雲も歩きづらそうに道を歩く。
 自然の中には人工的な石垣や石段が見えるが、緑色に覆われている。苔の生えている様子も神聖な雰囲気があった。またところどころに遺跡の説明版がある。ふたりはそのつと立ち止まりメモを取って行く。
ようやく小屋のような社務所が見えてきた。「出口君、あとひといきじゃ」八雲の声、出口も静かにうなづき最後の石段を上がる。


「ほう、どうにか到着した!」思わず大声で喜びを表現する八雲。出口も安心した表情になった。いつの間にか酔いが収まったのか、頭の痛いのはなくなっていた。

「まずは参拝じゃな」ふたりは拝殿の前にきて大元神社の前で参拝。
「先生この奥は、禁足地ですか?」
「だな、この奥にある647メートルの山頂には比売大神が天から降臨したとされ、祀られているそうじゃが、それは我々一般人が見られるようなところではない」八雲はそう言って改めて拝殿を見つめた。

 出口は横を見た。ふたりしかいないと思っていた大元神社には、他にひとり男性がいた。男性は八雲たちと違いはハイキングの姿だが、右手に黒いカメラのようなものを手にしていた。おそらく神社を撮影しているのだろう。出口はすぐに八雲に視線を戻した。

ーーーーー

こうしてふたりは山を下り、町に戻った。
「普段ならもう帰る予定だが、この宇佐は特別な地域なので、もうしばらく滞在しよう。今回はホテルで二泊だな」
「では先生、夕食は?」「うーん、昨日の店で良いだろう。あそこはよかった。だが出口君わかっているな」
「先生もちろんです。今朝のような頭が痛いのは大変でしたから」と答えたはずの出口であったが、店に入った後、やはり酒と食べ物がおいしいからと、結局昨夜の再現となるのだった。



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