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6月16日 第874話・6.16

「ねえ、教えてほしいんだけど、ブルームズ・デーって何?」今日6月16日は足のケガで、仕事を休み午前中から部屋のソファーでくつろいでいた久留生昭二を、同棲している番田麻衣子が声を出しながら入ってきた。
「ブルームズ、ああアイルランドの作家だよ」ここで昭二はしばらく見ていたケーブルテレビのCSチャンネルを変えて地上波に戻す。
「そうそう、確か彼が執筆したユリシーズという、前世紀では名作と言われた小説の舞台が、6月16日の出来事としてまとめられたからだ」
 昭二はテレビを見ながら答えた。画面の向こうではちょうどバイクエクササイズを紹介する番組が流れている。

「へえ、アイルランドか、懐かしいわ」麻衣子は昭二の隣に座った。「ダブリン、よかったわねえ。ギネスビールとか」麻衣子が懐かしそうに視線を遠くに向けて話しているが、昭二は気に食わないのか咳払い。
「おい、またその話かよ!また俺と知り合う前に行った話だな。そんなに頻繁に話をするとは、向こうに恋人でもいたのか」
「ちょっと、何よ? そんなのいるわけないでしょ。ただわずかだけど、学生時代に短期留学した思い出がね。そうそう、アイルランドの学生との交流で、私たちは日本の文化を教えるってことで、和菓子を作ってあげたのよ」

「ほう、和菓子を作ったのか!どんな和菓子」昭二は麻衣子の方を見る。こう見えても和菓子が大好物。
「え、えっと」麻衣子は上を見て思い出そうと必死。「そんな、学生だから大したことしてないの。確か、あ、そうそう最中の皮を日本から持って来て、本当はあんこがあればよかったけど、現地にはないから、代わりにチョコレート入れたんだっけ」

「おいおい、それ和菓子じゃねえぞ。現地に日本食材とか扱ってなかったのか。やっぱり最中にはあんこだろう」さすがに好きなものには、うるさい昭二。
「でも、和菓子っぽい名前つけたから、うまくごまかせた」「何つけたんだ?」
「え、一緒に行った子がとっさに言ったの嘉祥(かじょう)って」どうやら気軽に麻衣子たちが和菓子の名前をつけたことが気に食わなかったらしい。昭二の表情が硬くなる。「おい、ちょっとまてよ。おまえ嘉祥って、古代の文徳天皇のころの元号だぞ」

 昭二はまるで麻衣子が留学先で日本の大事な文化とかを適当にしているように感じたのか、少しいらだち貧乏ゆすり。さらに何度も瞬きをする。するとついにテレビの電源を勢いよく切ってしまう。
「ちょっと、なんで切るの?」「当たり前だろう。テレビどころじゃねえ。いくら学生でも適当な日本文化を外国人に教えてどうするんだ。そのとき誰も注意しなかったのかよ」

 麻衣子は、いらだつ昭二の隙をついて、テレビのリモコンを奪い取ると、テレビの電源をつけた。「おい!」昭二はとっさにリモコンを奪われて唖然としたあと、首をかしげながら呆れかえっている。麻衣子は全く気にせず片っ端からチャンネルを回し始めた。
「うーん、いまいちね」麻衣子は首をかしげながら適当なチャンネルを合わせた。「でもさ、面白いことにアイルランドの学生の中にアフリカの子供がいたの」「それは、あれか、移民かな?」いつの間にか昭二の機嫌は収まっている。
「そこまではわからないけど。見た目がアフリカっぽいだけで普通に現地の言葉しゃべっていたみたいだから......」麻衣子はかすかな記憶を思い出そうと必死。

「わかった。もういいよ。お、手羽トロか、おいしそうだなあ」番組はグルメを紹介するものになっていた。昭二はこの料理が相当気に入ったのか、目を輝かせてテレビ画面に注目。

「あ、そうそう、トロつながりで今からお昼作るわ」麻衣子は立ち上がると、突然昭二が麻衣子を見る。「トロ!お前高級な寿司ネタ買ってきたのか?」
「まさか、トロはトロでも麦とろよ」それだけ言った麻衣子はキッチンに入っていく。
「なんだよ、期待させるなって、ま、いいか。今日はゆっくりしよう」
 昭二はしばらくソファーにもたれていたが、「ふぁああああ!」と大あくび。昭二はそのまま眠ってしまった。

ーーーーーー
「あああ、いたぁ!」どのくらいたったのだろうか?昭二が大声を出す。慌てて麻衣子が昭二の部屋に戻ると。昭二がソファーから落ちていた。「いてて、あ、足が、あたたたた」
「どうしたの、ソファーから落ちて」「い、いや寝てしまったんだ。なんかさ、突然体が宙に浮いて、無重力になったんだよ。『これは楽しいなあ』なんて思ってたら突然真下に落ちて。ああ、いテテッテ。すげえ夢見たぞ、おい」
 昭二はけがをしている足をゆっくりとさする。「もう、無理しないで。そうそう、お昼の前におやつにしません」

「おやつ、何か買ってきたのか?」「うん、冷蔵庫を開けたらもらったお土産忘れてたの、ちょっと持ってくるね」と麻衣子はすぐに立ち上がりキッチンに向かう。1分も経たないうちに戻ってきた。

「ジャーン!」と嬉しそうに麻衣子が持ってきたものはロールケーキのようだ。「なんだこれ?」「堂島ロール!」と麻衣子は嬉しそう。
 どうやら麻衣子がロールケーキが好きなことを知っていた友達が、麻衣子のために旅行のお土産で堂島ロールを買ってて来てくれていたのだ。
 だが昭二はあまり嬉しそうではない。「洋菓子か、和菓子派としては......」「じゃあいらないのね」との麻衣子の言葉に、「いや、待ている、食べるよ!」と慌てる昭二。その慌て方が、あたかも道化師の動きのように見え、思わず笑いをかみ殺す麻衣子だった。


※久しぶりに下記「6月16日の記念日」を全部入れてみました。

アフリカの子供の日 和菓子の日 麦とろの日 嘉祥の日
ケーブルテレビの日 無重力の日 ブルームズ・デー バイクエクササイズの日 手羽トロの日 「堂島ロール」の日


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