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席に座りたい。第969話・9.20

「今日は本当に歩いたわ」駅に向かっている女は、顔の表情が険しく足を引きずって歩いている。シルバーウィーク中のこの日、女が所用で向かった先は、地図を見た限り駅からすぐ近い場所にあったので電車で来た。
 ところが場所を間違えてしまう。本当に行くべき場所はそこが本店として関係する拠点のひとつ。別に誰かと約束をしていたわけではないので、歩いて行って遅くなっても問題ないし、そこまでは坂がほとんどない平坦な道なので、諦めて歩くことにした。

 しかし歩くと結構遠くにある。途中でバスでもと思ったが、そのルートには公共交通機関がない。車で来ればよかったと後悔したが、まさか家まで車に乗り換えるわけにもいかないのだ。ということで目的の場所まで片道1時間を歩く。所要を済ませると来た道を歩いて戻る。つまり駅からの距離を往復してきた。さらに女には想定外のこと。駅に近いと思ったのでよりによってヒールの靴で来たから余計に足が痛いのだ。
「なんで勘違いしたんだよ。もう、久しぶりに歩いたから、こんなに足が痛いのは、体がなまっているのかもね」
 自分自身への不満をつぶやきながら、どうにか駅に戻ってきた。改めて私は運動不足であるような気がしている。スポーツはもちろん、体を動かすような教室にも通っていない。私はどうも基本的に体を動かすのが好きではないのだ。

 改札を抜けてホームに来る。足が痛いからベンチに座ろうとした。だがベンチにはみんな座っていて開いていない。
「よりによって」女は痛い足を引きずっていたが我慢する。時刻表を見るとあと10分くらいで電車が来るから「ま、いいか」と、我慢した。
 ところが定刻時間になっても電車が来ない。路線内でトラブルが発生し、15分遅れで運行していると言っている。「あと、15分か」駅のベンチで座っている人は、みんなそれに乗ろうとしているから、ベンチが開くことは無い。

 女は誰にも見えないように小さくため息をついて待つ。スマホを持っていたので色々チェックはしたが、それはさっきもしていたので5分くらいで終わった。中途半端に時間が余る。「ヒューマンウオッチングでもしようかなあ」と思って駅にいる人を見たが、すぐ飽きる。みんなスマホ片手に何かやっているだけだから。

 再度のアナウンスがある。それは遅れたことに対する謝罪の言葉。終わったと同時に電車がホームに滑り込んできた。ベンチにいる人が一斉に立ち上がる。女は乗車位置の先頭にいる。つまりこの電車乗りこんだら真っ先に座ってやろうと。

 ところがである。入ってきた電車は混んでいた。座席はもちろん完全に埋まっており、立っている人が目立っている。通勤時間帯とまではいかないまでも、予想よりも多くの人がいるのは確か。
「ひえ!」私は心の中で叫ぶ。足が痛いのに、電車でも座れないとは......。

 女は最初に電車に乗り込む。つり革の部分は好きではないからドアの前に立って外を眺める。動き出した電車のドアからは、当たり前だが進行方向に反比例するように風景が反対方向に流れていく。
 この路線は良く使うがいつも座って移動することが多い。だから知っている風景。なのに今日は電車が遅れた原因と関係があるのか、とにかく人が多いのだ。

「次の駅はっと」私は駅ごとにどのくらいの人が降りるのか予想してみた。大きな駅なら降りる人が多いだろう。そうすれば座席が空くかもしれない。こうして駅が来るたびに視線だけ座席シートの方に向けて様子をうかがう。 駅に到着すると何人かは立ち上がるが、女が向かう前につり革をつかんでいた目の前の人が座る。その後ホームから入ってきた人が、今座った人の前に立ってつり革を持つものだから、ドアの前にいる時点ですでに座席争奪戦に負けているのだ。
 ドアにもたれながら女はもう諦めていた。なぜならば次が降りる駅。「本当についていないというか何なのかしら」女は自分自身に対して愚痴をこぼす。
 やがて電車は速度を落として、ホームに滑り込んだ。「そうだ、もうひとつ、ラストチャンスね」女は最寄り駅の事情を当然熟知している。今体をあづけているドアが開く。さらに今乗っている3両目というのは、改札に近い場所。それは何を意味するのか、駅を降りてからもうひとつの公共交通であるバスに乗り込むためのものだ。 

 こうして駅に到着した。女は最後の力を振り絞るようにドアを出るとやや速足で改札に向かう。電車に乗り込む前は足を引きずっていたが、ずっと足を使わない。まあ厳密には立っていたとはいえ、動かさなかったことが足の休息にはなったようだ。

「よし、あそこ、お、バスが止まっている」女は駅前に停まるバスに乗り込んだ。そうすると席は空いていた。「やったあ!」女は声に出して叫びそうになるのを必死に抑える。こうしてバスの座席でようやく座れた女。家の近くのバス停まで15分間は、席に座ってリラックスタイム。

「電車はダメだったけどバスは良かった」女は一息ついてスマホを見る。そして『なるほどね』と、ひとり納得してうなづいた。実は本日9月20日はバスの日だったのだ。


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