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それは白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤だ

フランス文学にはまっている。
入院中に読み始めた『レ・ミゼラブル』から始まり、先日のパトリック・モディアノ、そしてミシェル・ウェルベック。

『セロトニン』は、キャプトリクスという幸福物質とも呼ばれる神経伝達物質「セロトニン」を増幅させる錠剤の説明から始まる。

曰くそれは、「白く、楕円形で、指先で割ることのできる小粒の錠剤」である。

主人公のフロランにとって、親の世代の所謂"幸せ"は既にはるか遠く、幻想的なものとなっている。病と共に欲求の失われた彼の語りには、活気のあるセックスへの懐古、豊かな人間関係への幻が満ちている。

キャプトリクスの作用によって性愛への欲求の減衰に直面する彼にとって、世界はすっきりとしない陰鬱なものとなっている。

恋人とスペインを旅行しても、屈辱感や孤独感が増すばかり。彼は、自らを制御できないままフランスの田舎を旅しながら、過去の恋人たちの思い出を深い悔やみと共に回顧し続ける。

わたしも同じように、抗うつ剤の影響で性愛や欲求とは無縁の生活を送っている。実際、そのことでパートナーと喧嘩もした。
しかし、今のわたしにとって性愛は億劫なもので信用することができない。

そんなわたしの数十年後が映し出されているようで虚しく、またパートナーに対して申し訳のない気持ちに苛まれる。

薬剤のおかげで私たちは、円滑に生きることはできるが、決して幸福に生きることはない。ウエルベックは、現在から伸びる、既に決定づけられた事実として、そうした未来を指し示している。

"愛"というものに、セックスはなければならない必要不可欠なものであるのか、思い悩む日々である。

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