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【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第8話
シャッターに触れた指先に、全神経を集中させる。
一瞬の予断も許されないため、悠生はこの3時間、ずっと同じ姿勢を保っていた。
額から、滝の様に汗が流れ落ちている。
日没まで、あと30分……
「……ダメか」
彼の傍らに座っていた久深は、膝を抱えて呟いた。
「考えてみれば、今年が当たり年という保証は無いわ。一年後、二年後、それ以上かも」
「どんなに小さくても、可能性のあるうちは決して諦め
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第7話
「こんな話、誰も信じる訳ないよね」
「そうね」
再び風の森へと戻って来た、悠生と久深。
彼は肩に掛けたバッグからカメラを取り出して、セッティングを始めた。
「今でも数年に一度、風吹橋を見かけたという情報が寄せられているらしい」
地元の観光局に問い合わせた内容を、彼女に伝える。
「良い写真をフレームに収めて、次のコンテストで最優秀賞を狙う。君のお兄さんが受賞作品を見れば、必ず戻ってくるさ」
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第6話
「……ひょっとしたら、それは風吹橋の話かも知れんのう」
暫く考え込んでいた老人は、やがて思い当たった様に口を開いた。
久深の告白を聞いた後、悠生は自分も風の色捜索に加わりたいと申し入れた。
「伝説的なものは、地元の人に聞くのが一番」
そう思った彼は、バイトの空き時間を利用して、彼女と近くの漁村等を尋ね歩いた。
空振りが続いた3日目に、ようやくこの老人のひと言と出会えたのだ。
「どんな、
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第5話
「両親が死んでから、兄は男手ひとつで私を育ててくれました。生活は苦しい筈なのに、『久深は夢を追い続けるんだ』って、無理をしてバイオリンも習いに行かせてくれて……」
少し言葉を区切った彼女は、小さく深呼吸をして話を続けた。
「大好きだった絵をやめて、一心に仕事に打ち込む兄を見て、わたしはだんだん罪悪感に囚われてきたのです」
久深の顔に、苦悩の色が浮かぶ。
「高校三年の秋、新人賞を受賞した時、わ
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第4話
彼女は、否定とも肯定とも取れるあいまいな表情を作っていた。
「自己紹介がまだだった。俺は、篠原悠生」
「……」
久深は、先程から一言も口を聞いていない。
困った悠生は、幾分饒舌気味に話していた。
「さっき君が言った『風の色』の事なのだけれど」
「……もういい」
彼の言葉を、久深は静かに遮った。
「突然あんな事を言った私が間違っていました。ごめんなさい、忘れて」
寂しげにヴァイオリンをケ
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第3話
夏の夕方は、悠生のお気に入りだ。
昼間の喧騒はどこへやら、この時間に聞こえるのは、寄せては返す波の音だけである。
バイトが引けた悠生は、鞄に機材を詰め込んで海の家を後にした。
彼がカメラに興味を持ったのは、中学一年の頃からだ。
それまでは、絵画を主にしていた。
でも、写真がただ被写体を映すのではなく、撮影者の心もそのまま現れるものだと知ってからは、風景・人物を問わず、あらゆるものを
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第2話
「は、はい」
柄にもなく上擦った自分の声が恥ずかしくなり、悠生は慌てて店内を見回した。
「どうぞ、こちらに」
「ありがとう」
昼食時で混み合ったテーブルの間を、彼女は風の様にすり抜けて行った。
白いワンピースが、その動きに合わせて揺れている。
素足に似合う、真っ白いミュール。
肩まで伸びた黒い髪に、優しく包み込む様な大きな瞳。
それはまさに、悠生の理想とする女性を映したものだった
【週末ストーリィランド】「風のように、また。」第1話
「風の色を、作ってください」
白いワンピースを着た彼女は、メニューを閉じたあと、そう言って微笑んだ。
大学生になって、初めての夏。
篠原悠生(しのはらゆうき)は、彼が所属するサークルのOBが経営している海の家で、住み込みのバイトを行っていた。
風の浜海岸は、最近よく情報誌に取り上げられている、人気の海水浴場だ。
炎天下の中、注文を取って鍋をふるい、皿を片づけて泥の様に眠る生活が、一