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Pさんの小説(仮)

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Pさんが月一回、本気の小説を上げる、予定です。
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記事一覧

小説 三枚のペンタブレットを順番通りに重ねる(Pさん)

 濃い空気は、次第に薄い空気と混ざって、濃度が平均化する。その程度もわからないのか、といわんばかりに換気をガンガン回した部屋でサンポールとハイターを混ぜていた先輩が死んでから九年が経った。先輩の理論で言えば、外気は濃度ゼロで、中の空気がどれだけ濃かったとしても、絶えず濃度が平均化するので、ガスは充満しないはずなのである。しかし、先輩は死んだ。空気中のガスの濃度は、平均化しない、あるいは、思っている

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小説 ペンとタブレットに挟まれた男(Pさん)

 順番に並んでいる列が、一人の割り込みによって完全に乱れたような気がしていた。天井のはるか上には、青空が広がっているはずだった。それは、たとえ曇っていても、その雲の上にはやはり、青空が広がっているという意味でも、そうであるはずだった。しかし、そう信じられるかどうかはまた別の話だ。変な目で見られることに慣れているのであれば、そういった恥を一回経験してみるのも、いいことであると思う、一人の人が成長する

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小説 ペンタブレットとゴーストが交互に囁いてくる(Pさん)

 くそみたいに暑い自室で、男は、スマートスピーカーに向って、あることないことを延々と話しかけていた。半分カツ丼を食いかけていたようで、横から見ると、とんかつとご飯の切断面が、きれいに地層みたいになって見えた。中心にはその、半分食いかけのカツ丼、右にはオレンジジュースの入ったグラス、左には麦茶の入ったグラスがあり、スマートスピーカーは、それらの奥に、それぞれテーブルに置いてあった。なので、男が本当は

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小説 二度とペンタブレットを持たない男(Pさん)

「幸いなるかな」というカフェ・バーから、二人の男が出てきた。二人とも、歴史には詳しかった。しかし、互いにそのことは知らなかった。なぜなら、二人揃っているときには、決まって、歴史ではない話に終始するからだった。二人とも、テレビで「その時歴史が動いた」が流れようものなら、他のこと、例えば有名なスマホゲームをやりかけているだとか、「グンペイ」を解いている最中だとかだったとしても、それを投げ出して、熱い視

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小説 二度もペンタブレットを持ったことがある男(Pさん)

 電車が過ぎゆくのを、僕は感情を無にして眺めていることしか出来なかった。頭のなかで、静かに、原神をプレイしていた。この電車の中に、あの人がいるのだと、今でも信じることが出来ない。なぜ、信じることが出来ないのだろうか。あなた方は一度でも、地球が本当に、物凄いスピードで回っているのだと、実感したことがあるのか? ないだろう。それは、実は、信じているようでいて、地動説を、心の底から信じたことがない証拠だ

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小説 ペンタブレットを持ったことがある男(Pさん)

 何度も自問自答した挙句に、男は、決まって同じ結論に至るのだった。俺は、と、カクテルグラスを両手に三つずつ持ってそれぞれチョイチョイ飲みながら、呟くのだった、俺はペンタブレットを持ったことがある。
 それが、一度なのか、二度なのか、それとも、それ以上になるのか、確かなことは言えない。人間は、よく人口に膾炙する話ではあるが、一度に沢山のことは覚えられないから、いくつかのものをグループ分けして覚える傾

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宇宙(Pさん)

 サイコロを転がすと、一面には宇宙、二面には天井、三面には骨折した松島トモ子、四面には二面、五面にはサイクロイド曲線、六面には元気な頃のあいつの顔がプリントされたTシャツが閃いて、そのうち消えた。あいつは、森の中を走り抜けて、じきに破傷風に悩むことになった。なんで、と聞くと、奴は無言で自分の足の裏を指した。小役で有名になった芸能人の面影が、そこにネガとなって映っていた。踏みしめられる度に苦悶の表情

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重力(Pさん)

 久しぶりに小説を書いたので、上げてみます。

 半ば溶けかかったフローリングの床に、肩まで埋まってしまった。組んだ木の、あるいはそのイミテーションのすき間、溝の間に、さまざまなチリが挟まっているのが見て取れた。スナック菓子の破片、誰かの毛、その他もう識別の出来ない綿埃……だが、窮極の所では、それら全てが単一のスナック菓子の破片であるようにも見えなくはなかった。粘度の高いフローリングの表面は私の埋

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